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天皇陛下のおもてなし
高森明勅
先般、アメリカのトランプ大統領夫妻が来日。 国賓として天皇皇后両陛下がお迎えした。 トランプ氏は以前、上皇陛下のご接遇を受けた時に、かなり緊張していた。 安倍首相とは全くレベルが違う、 決して“ディール”の対象にはなり得ないご存在である事を、 直感した為だろう。 トランプ氏にとって、そのような他人に会ったのは、 或いは初めての体験だったかも知れない。 天皇陛...
憲法2条のパラドックス
高森明勅
憲法第2条には以下のようにある。 「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した 皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と。 ところが、この条文は(文章自体としては特に問題はないが、実質的に) 明白な矛盾を孕(はら)む。どういうことか。 同条には、2つの要請が含まれている。 1、「皇位は世襲」であるべきこと。 2、皇位の世襲継承は「国会の議決した皇室典...
倉敷「第2又一」に行った
高森明勅
5月25日、姫路獨協大学「はりま歴史講座」に出講。 「天皇と国民をつなぐ大嘗祭」と題して講義。 幸い、好評を得た。 私をお招き下さったのは、 同大学播磨総合研究所の所長、大塚健洋教授。 同氏は日本思想史学がご専門で、大川周明研究の第一人者。 私の同名の著書を予め読んで下さったようで、 絶讚して戴いた。恐縮至極。 姫路まで来たついでに、老母を見舞い...
令和最初のゴー宣道場
高森明勅
6月9日、令和最初のゴー宣道場。 「皇室の未来」の為に、基礎の基礎から最先端の課題まで、 しっかりキッチリ討議したい。私も全力で臨むつもりだ。 皇室の「自然消滅」という最悪の“悪夢のような”事態が、 大袈裟でなく次第に現実味を帯びて来ている。 過去の反天皇勢力は重大な脅威ではなかった。 むしろ脅威なのは、皇位の安定的な継承の為に “不可欠な”制度改正に、無関...
古代日本は双系制社会
高森明勅
歴史学の分野では、古代日本がその基層において「双系」制社会だった、 との認識がほぼ共有されていると言えよう。 例えば、新しい研究成果から。 「皇位の継承において女性や母系が重視されたのは、 古代日本が双系制社会、すなわち、父系(男系)と母系(女系)の双方の 出自が同等の重みをもつ社会であったからだ。 日本で良男・良女間の子を父親の氏族に属させるよう定められた...
ポスト安倍に意外な名前
高森明勅
『SPA!』(5月14日・21日合併号)に政治家秘書らの匿名座談会。 ポスト安倍について意外な話をしていた。 こんなやり取り。 秘書A「このところ、盛んに『ポスト安倍は菅(官房長官)』みたいな記事が出てるね」 秘書C「『菅内閣の名簿が出回っている』という週刊誌記事もあった。 でも、こういう話が盛んに出回るのは、菅さん潰しのためであることは、 永田町のイロハで...
上皇陛下は座って見送られた?
高森明勅
安倍首相の 「内奏(ないそう、大臣らが不定期に天皇などに報告・説明を行うこと)」 を巡り、宮内庁が「遺憾」の意を表明した。 毎日新聞は5月16日付朝刊で、 安倍氏が以下のような発言をしたと報じた。 「前の天皇陛下〔上皇陛下〕はいつも座ったままだったが、 今の陛下は部屋のドアまで送って下さって恐縮した」と。 これに対し、宮内庁の西村泰彦次長は20日の定例会見で...
天皇と国民をつなぐ大嘗祭
高森明勅
5月21日、最新刊『天皇と国民をつなぐ大嘗祭』 (展転社、1600円+税)が発売。 神器(じんぎ)の継承、即位礼とは“別に”、「大嘗祭(だいじょうさい)」が わざわざ行われなければならない理由とは何か。 それは皇位継承儀礼としての大嘗祭の“固有”の 意義を問うことに他ならない。 これに対する回答は、自明のようで実はそうではない。 現に、これまでに説得力のある...
上皇陛下からわたしたちへのおことば
高森明勅
5月16日、『上皇陛下からわたしたちへのおことば』 (双葉文庫、546円+税)が刊行された。 畏れ多いが、書名に「上皇陛下」という語を用いた早い例ではないだろうか。 これは以前、出版した『天皇陛下からわたしたちへのおことば』を増補・改訂したもの。 上皇陛下の(ご即位前およびご在位中の)「おことば」を通して、 上皇陛下ご自身のお考え、お気持ちは勿論、天皇・皇室...
天皇陛下の靖国神社ご参拝
高森明勅
天皇陛下は靖国神社に参拝されたことがある。 と言えば、驚く人もいるだろう。 だが事実だ。 昭和44年12月11日、まだ学習院初等科にご在学で、 皇太子にもなっておられなかった時代。 浩宮(ひろのみや)徳仁(なるひと) 親王(しんのう)殿下として参拝された。 今から50年前。 つまり靖国神社ご創建百年の節目の年だった。 この年には、昭和天皇・香淳皇后が10月2...
大嘗祭「斎田抜穂の儀」違憲訴訟の顛末
高森明勅
平成の大嘗祭で、新穀を献上する悠紀(ゆき) ・主基(すき)両地方の田んぼでの収穫行事、 「斎田(さいでん)抜穂(ぬきほ)の儀」が行われた (悠紀は平成2年9月28日、主基は同10月10日)。 この時の悠紀地方は秋田県、主基地方は大分県だった。 儀式には、両県とも知事らが参列した。 これに対し、大分県では知事らの参列を憲法の 「政教分離」違反とする訴訟が起こさ...
天皇が「牛車」に乗らなかった理由
高森明勅
平安時代から室町時代にかけて、 上皇をはじめ皇族や貴族が乗った牛車(ぎっしゃ)。 文字通り、牛が牽(ひ)いた。 最高級の牛車は「唐車(からぐるま)」と呼ばれ、 上皇などが乗る。 ところが天皇は牛車に乗らなかった。 何故か? 牛に牽かせる為に、暴走する恐れが皆無ではない。 だから“より”安全な、人が担ぐ「輦(れん)」と呼ばれた 輿(こし)で移動された。 この一...
大嘗祭の新穀は栃木県と京都府から
高森明勅
新しい天皇のご即位に伴う伝統的な儀式の中で唯一、 国民が主体的に関わるのが大嘗祭。 この祭祀が恙無(つつがな)く行われることで、 国民の“統合”が祭式的に証明される。 まさに、天皇が「国民統合の象徴」でいらっしゃる事を、 ご即位に当たり再確認する行事だ。 その国民の関与の中心は、悠紀(ゆき)・主基(すき) 両地方からの新穀の献上。 その両地方を決めるのが5月...
昭和「斎田点定の儀」秘話
高森明勅
5月13日、大嘗祭に向けた「斎田点定の儀」。 前例では、平成2年2月8日に宮中三殿の神殿前庭に「斎舎(さいしゃ)」を設け、 卜者(うらないじゃ)役・灼手(やきて)役・合図(あいず)役の3人の掌典 (しょうてん)がその斎舎に入り、幔(とばり)を垂れて 「亀卜(きぼく)のことが古例により」行われた(鎌田純一氏『平成大礼要話』)。 その中身は? 江戸時代の実例は『...
大嘗祭の「斎田点定の儀」を巡る逸話
高森明勅
皇位の継承に伴って伝統的に行われて来た大嘗祭。 大嘗祭では、国民が育てた稲を天皇ご自身が皇祖に供え、 自らも召し上がられる。 その国民の稲を献上する、悠紀(ゆき)・主基(すき) 両地方を決めるのが、斎田(さいでん)点定(てんてい)の儀。 斎田点定の儀では、アオウミガメ(青海亀)の甲羅を ウワミズザグラ(上溝〔みず〕桜)で灼(や)く。 その結果、生じた...