高森明勅

中央線の偶然

高森明勅

日々の出来事
2019年 5月 26日

先日、新宿駅から中央線で東京駅に向かっていた。
私の隣に年配のご夫婦。
「似ている」「似ていない」「本人では?」

「いやいや」とヒソヒソ話。私は上の空で聞き流してした。
ところが、ご婦人が「高森メイチョク先生では…」と
誰に言うでもなく、
急に聞こえよがしに声を高められた。

「ハァ? 私、高森ですが」と名乗ると、喜色満面。

「やっぱり先生だった!」とご主人の肩をドンと叩く。

「いやねぇ、私が高森先生だって言うのに、
この人ったら、他人の空似だなんて。
だから、ダメ元で“高森先生じゃない?”
って大きな声で言ったのよ。

違っていても失礼じゃないように。
だって、ご本人だったらもったいないでしょ。
こんな偶然なんて、もう二度とないんだし」と。

ご主人はますます緊張して小さくなっておられる。

「随分昔に、拓殖大学で先生の社会人向け公開講座を拝聴し、
別の企画で九州の宮崎・鹿児島方面の“神話の天孫降臨の
伝承地を巡る
旅”でもご一緒させて貰いました。
その後も、テレビなんかでお顔を拝見しているので、
見間違えるはずありません。
あの頃より貫禄はつかれましたが、
いつまでもお若いですね」という話。

もう十数年も前の事だ。

申し訳ないが、こちらの記憶は結構あやふや。
でも知的な女性で、何駅か通過する間、楽しくお喋り。
神保町の古書展に出かけるとか仰って、御茶ノ水駅で降りて行かれた。
これまで、全く見ず知らずの方から突然、
声を掛けられた経験は何度かある。
でも、こんなケースは珍しい。

私が解説した「神話の旅」は、何年経っても印象深い行事だったと、
しきりに語って下さった。
気持ちの良い体験だ。

…でも、私とご婦人の間に座っておられたご主人は、
最後まで強張(こわば)った笑顔で、一言も発しないまま別れた。