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9月あれこれ
9月あれこれ
高森明勅
高森明勅 9月2日~5日、皇居勤労奉仕。 令和になって初めて。 心が清められた気持ち。 7日、日本教師塾。 テーマは「元号と皇室」だった。 先生方の熱心さに頭が下がる。 9日、東京新聞の取材を受ける。 原稿執筆と特集企画の監修も依頼された。 若い女性記者が緊張の余り、事前に頼まれた私の写真撮影を、 すっかり忘れてしまったようだ。 10日、靖国神社の社報の原稿の締め切り...
繰り返される「思考停止」
繰り返される「思考停止」
高森明勅
高森明勅 かつて、上皇・上皇后両陛下のご成婚に当たり、本気で反対した者らがいた。 反対理由は「平民出身だから」。 驚くべき思考停止ぶり。 彼らは、ご結婚後の上皇后陛下の類い稀なご貢献を拝して、どう考えたのか。 お子様方をご自分たちで育てようとされた時にも、抵抗があった。 それに立ち塞がられたのは、他でもない昭和天皇だった。 上皇陛下の即位礼・大嘗祭が、本来の伝統に則り...
大極殿と大嘗祭
大極殿と大嘗祭
高森明勅
高森明勅 大嘗宮が造営された「朝堂院」は朝廷の中心的施設。 その朝堂院の正庁は「大極殿(だいごくでん)」だった。 高い基壇を築き、朱塗りの柱に、瓦葺(かわらぶき)きの屋根。 豪華・壮大で堅牢な建物だ。 まさに朝廷の威信を示すに相応しい。 即位礼は、この大極殿に「高御座(たかみくら)」を据えて行うのが、 公式の形だった。 ところが、大嘗宮はどうか。 基壇を築くどころか、...
父と祖母
父と祖母
高森明勅
高森明勅 私の父は特攻隊の生き残りだった。 幼少の私に、自分が母親にも内緒で特攻隊を志願した思いを、 繰り返し語った。 敗戦によって世の中の“空気”がどんなに変わっても、 特攻隊を志願した「17歳の自分」を、生涯、決して裏切らない、と。 そして実際、そのように生きた。恐らく、それが私の“原点”なのだろう。 但し、わが家は共働きで、私は祖母(つまり父の母親!)に育てられ...
日韓基本条約の改正?
日韓基本条約の改正?
高森明勅
高森明勅 日韓関係の行方を巡ってこんな指摘がある。 「日韓関係が改善するタイミングは、日朝国交正常化交渉が 本格化するときだ。 1965年の日韓基本条約にある第3条では、〈大韓民国政府は、 国際連合総会決議第百九十五号(Ⅲ)に明らかに示されているとおりの 朝鮮にある唯一の合法政府であることが確認される〉と規定されている。 日本が北朝鮮と国交正常化するということは、朝鮮...
大嘗祭の「国家」的性格
大嘗祭の「国家」的性格
高森明勅
高森明勅 大嘗祭は皇位継承に伴う重大な儀式。 だから当然、国家的な性格を持つ。 改めてその点にも言及しておく。 制度的に確立した第1回の大嘗祭である持統天皇の大嘗祭に、 既に「公卿(まえつきみ)より以下主典(ふびと)に至るまで」、 つまり朝廷の上層部から末端までが、行事に携わっていた事実を 確認できる(日本書紀)。 又、平城京跡の発掘調査によって、「朝堂院」跡から大嘗...
大嘗祭の民衆的「逸脱」
大嘗祭の民衆的「逸脱」
高森明勅
高森明勅 大嘗祭は多分に「民衆」的な祭儀だった。 その為に、逸脱的な場面も見られた。 神事当日、平安京の北側の斎場から内裏の朝堂院まで、 悠紀・主基両国の在地の民衆が自分らの供え物を運び込む大行列。 その中に、車輪の付いた「標(ひょう)の山」が曳(ひ)かれていた。 それは、戦国時代に入って大嘗祭が一旦、中断する直前の、第103代・後土御門 (ごつちみかど)天皇の時まで...
大嘗祭は「民衆」的な祭儀
大嘗祭は「民衆」的な祭儀
高森明勅
高森明勅 以前、大嘗祭は専ら民衆とは無縁な密室の秘儀、 というイメージが独り歩きしていた。 事実はそうではなく、大嘗祭は国民(公民)の奉仕を 基盤してこそ初めて成り立ち得る、極めて民衆的な祭儀である事を 実証的に明らかにしたのが、手前味噌ながら私の大嘗祭論の特長だ。 大嘗祭が制度的に確立したのは第41代・持統天皇の時(691年)。 その時の様子を伝える『日本書紀』の記...
即位礼・大嘗祭が「京都」で行われた理由
即位礼・大嘗祭が「京都」で行われた理由
高森明勅
高森明勅 明治の皇室典範では、即位礼と大嘗祭は「京都」で行われるべき事が、 明文で規定されていた(第11条)。 何故このような規定になったのか。 伊藤博文名義の『皇室典範義解』に以下のように説明していた。 「(明治)13年車駕(しゃが、天皇の行幸の際のお車) 京都に駐(と)まる。 旧都の荒廃を嘆惜(たんせき)したまひ、後の大礼(即位礼と大嘗祭) を行ふ者は宜しくこの地...
即位礼・大嘗祭が「引き続き」行われた理由
即位礼・大嘗祭が「引き続き」行われた理由
高森明勅
高森明勅 旧「登極令(とうきょくれい)」(明治42年公布)には次のような規定があった。 即位礼が終わった後に「続(つづき)て」大嘗祭を行うべし、と(第4条)。 その為、同令に基づいた大正・昭和の即位礼と大嘗祭の間は僅か3日間しかなかった。 まさに前代未聞。 このような規定が加えられた理由は何か。 明治の皇室典範に、事実上の首都たる東京から遠く離れた「京都」で、 それら...
即位礼・大嘗祭が「東京」で行われる意味
即位礼・大嘗祭が「東京」で行われる意味
高森明勅
高森明勅 令和の即位礼と大嘗祭が東京(皇居)で行われる。 多くの国民はそれを当たり前だと思っているだろう。 しかし、これは平成の“新例”を踏襲したもの。 大正・昭和は京都で行われた。 明治の皇室典範には以下の規定があったからだ。 「即位ノ礼及(および)大嘗祭ハ京都ニ於(おい)テ之(これ)ヲ行フ」 (第11条)と。 典範制定当時(明治22年)、既に東京が事実上の首都だっ...
大嘗宮の「原始性」
大嘗宮の「原始性」
高森明勅
高森明勅 大嘗宮の悠紀(ゆき)・主基(すき)両殿は古代以来、 「萱葺(かやぶき)屋根」、皮を削らない丸木の材木を用いた 「黒木(くろき)造り」という形を、直近の平成まで維持して来た。 わが国の建築の屋根形態として最も「原始的」なのは萱葺だったとされる (原田多加司氏)。 又、黒木が(皮を削っただけの白木と比べても)木材として 最も原始的な使い方であるのは勿論だ。 大嘗...
上皇后陛下のご手術
上皇后陛下のご手術
高森明勅
高森明勅 9月8日、上皇后陛下には乳癌のご手術をお受けになった。 その前後のご様子。 「上皇后さまは7日、左胸の乳がん手術のため、東大病院(文京区)に入院された。 ご手術は8日に行われ、約4時間で終了。 転移やがんの広がりはみられなかったという。 手術の前後には上皇さまと長女の黒田清子(さやこ)さんが見舞い、 上皇后さまに声をかけるなどして支えられた。 上皇后さまは9...
韓国メディアとの懇談
韓国メディアとの懇談
高森明勅
高森明勅 私が「新しい歴史教科書をつくる会」の事務局長をしていた頃。 だから、今から20年ほども前の話だ。 当時、「つくる会」は韓国から強烈なバッシングを受けていた。 日本の多くのメディアや少なからぬ国民もそれに同調していた感じだった。 国内にはまだ「嫌韓」の気配など無い頃だ。 韓国が批判するなら悪いのは「つくる会」だろう、という雰囲気だった。 私は事務局長として懸命...
慰安婦問題という「躓きの石」
慰安婦問題という「躓きの石」
高森明勅
高森明勅 日韓関係の躓(つまず)きの原因の大きな1つは「慰安婦」問題。 今の徴用工問題にも繋がっている。 だから、現代の日本人には同問題に対する正確な理解が必要だ。 この問題ついては「SPA!」最新号(9月17日・24日号)で 小林よしのり氏が漫画で分かりやすく整理しておられる。 さすがに問題が浮上した初期から最前線で戦ってこられただけあって、 僅か8ページで端的に核...
「稽古照今」の出典
「稽古照今」の出典
高森明勅
高森明勅 私がしばしば用いる「稽古照今」という言葉。 これまでもあちこちで説明して来たつもりだ。 でも余り目に止まっていないようだ。 ここでは今更ながら出典についてだけ述べておく。 古事記の序文(正確には上表文)だ。 古事記の写本から見たければ、影印本として『国宝 真福寺本 古事記』 (昭和53年、桜楓社)、『卜部兼永筆本 古事記』 (古典資料類従36 昭和56年、勉...
「一世一元」プラス「ご譲位」
「一世一元」プラス「ご譲位」
高森明勅
高森明勅 元号の歴史を大きく区分するとどうなるか。 最大の区切りは「明治」以降とそれより前。 明治より前は様々な改元があった。 次の通り。 ①代始(だいはじめ)改元 ②祥瑞(しょうずい)改元 ③災異(さいい)改元 ④革年(かくねん)改元 ⑤その他 これらの中から明治以降は①だけを残した。 それが「一世一元(いっせいいちげん)」制。 その時に、併せて「終身在位」という新...
「天皇の元号」=「国民の元号」
「天皇の元号」=「国民の元号」
高森明勅
高森明勅 元号は国内であまねく使用されるべきもの。 だから、地域や階層、支持政党などの違いを越える、 公共性・普遍性が求められる。 従って、特定の政権や政党・政治家などの“色”が着いてはいけない。 憲法(第4条)の制約と法律(元号法)の規定により、 「政令」によって定められるのはやむを得ないにせよ、 元号の背景にある歴史に照らしても、単なる「内閣の元号」になって しま...
天皇から元号へ
天皇から元号へ
高森明勅
高森明勅 日本教師塾の懇親会。 講義より踏み込んだ話題がしばしば。 その中から1つだけ紹介する。 私がこんな問いかけをした。 「“天皇”という称号が成立したのは、恐らく608年。 元号の起こりは645年。 もし、この順序が逆だったらどうなったか?」。 W先生が一瞬、考え込み、こう回答された。 「…中国の元号を使うことになった」と。 さすが。 まさに正解。 しばらくはシ...
日本教師塾
日本教師塾
高森明勅
高森明勅 9月7日、日本教師塾。第6期研修の開始。 関東の若手の小学校教師を中心とした自主的な研修会だ。 この日のテーマは「元号と皇室」。 第1部は3人の先生方による授業提案。 トップバッターはW先生。 校長として、全校児童にパワーポイントを活用しながら話した内容を、 紹介された。 短い時間の中に、子供達が「元号」に興味を持てるポイントを、 上手に盛り込んでおられた。...