本日すでに本サイト執筆陣の皆さんが徹底批判している、三橋貴明&施光恒の男系固執対談動画。
なぜ女系はダメ?明治憲法を設計した井上毅が130年前に出した結論(九州大学大学院教授・施光恒×三橋貴明)
私も視聴してその内容の酷さに呆れましたが、一つ大きく気になったのが冒頭部分で取り上げている、福沢諭吉「帝室論」。
動画では特に「皇室を政治的議論に巻き込んではいけない」という、議論自体への牽制のために用いていますが(この類の常として、自分たちはその後極めて政治的な主張を行っている)、では「帝室論」ではどのような事が述べられていたのか?同書は青空文庫で読めるので、ざっと確認してみました。
すると、まさに冒頭の序文から、男系男子固執論が盛大に自爆するような記述が!
我日本の政治に關して至大至重のものは帝室の外にある可らずと雖ども、世の政談家にして之を論ずる者甚だ稀なり。蓋し帝室の性質を知らざるが故ならん。過般諸新聞紙に主權論なるものあり。稍や帝室に關するが如しと雖ども、其論者の一方は百千年來陳腐なる儒流皇學流の筆法を反覆開陳するのみにして、恰も一宗旨の私論に似たり。固より開明の耳に徹するに足らず。又一方は直に之を攻撃せんとして何か憚る所ある歟、又は心に解せざる所ある歟、其立論常に分明ならずして文字の外に疑を遺し、人をして迷惑せしむる者少なからず。(福沢諭吉「帝室論」冒頭)
Google Geminiによる現代語訳も併記します。
わが日本の政治において、最も重大で、かつ最も重みがあるものは皇室(帝室)をおいて他にありません。しかし、世の政治評論家の中で、これについて正面から論じる者は極めて稀です。おそらく、彼らが皇室の本質というものを理解していないからでしょう。
先日、諸新聞で「主権論」という議論が巻き起こりました。多少は皇室に関係がある内容のようですが、論者の一方は、何百年も前からあるような古臭い儒教や国学の言い回しを繰り返すばかりで、まるで特定の宗教の独りよがりな言い分のようです。当然、合理的で近代的な考えを持つ人々の耳に届くような(納得させるような)ものではありません。
またもう一方は、こうした意見を真っ向から攻撃しようとしながらも、何かを恐れて遠慮しているのか、あるいは自分たちでも本質を理解できていないのか、その主張はいつも曖昧です。言葉の裏に何かを隠しているようで疑念を抱かせ、読む人を困惑させていることが少なくありません。
「百千年來陳腐なる儒流皇學流の筆法」(何百年も前からあるような古臭い儒教や国学の言い回し)って、男系男子固執に通底する「シナ男系主義」そのものじゃないですか!(実際には、近代に導入された「創られた伝統」であるけれど)。
またもう一方の「何か憚る所ある歟、又は心に解せざる所ある歟、其立論常に分明ならずして文字の外に疑を遺し、人をして迷惑せしむる者少なからず。」は、本心では時代へのミスマッチを感じていながらも、摩擦を避けるために「女性天皇は良いけど、女系天皇はね」という態度に逃げる政治家の姿にそのままつながります。
こうした、もはや「出落ち」的な事態が発生するのも、三橋や施は自身の「顧客」であるネトウヨ層に対し「どうせ原典にあたって疑問を抱くような知性は持ち合わせていないだろうな」と小馬鹿にしている心情の顕出なのでしょうね。
さて、そうした恣意的な「帝室論」利用の中で、動画中のスライドでは「政治利用への戒め」という項で「政治議論に巻き込めば、皇室を嫌いになる人が出てくる可能性が生じるから。」という(極めて単純化した)記述につながります。
これもまさにブーメランの極み。「男の血」に固執し、女性であるという理由だけで天皇陛下のお子様である愛子さまを排除し、門地に依る差別という憲法との齟齬を無視してまで「先祖が皇族であった、生まれながらの一般国民」を養子の形で皇族とする方策を行ったら、間違いなく(もちろん、決定権の無い皇族の皆様には責任なく、政治のせいで)「皇室を嫌いになる」人が大量に出てくるでしょう。
私はてっきり、男系男子に固執する人は「たとえ国民が皇室を嫌いになっても、男系絶対を貫くべき!」と考えているのかと思いましたが、薄皮一枚の理性で「それはマズいよなあ…」と感じているのでしょうかね。
でも、三橋貴明や施光恒にとって、皇位継承というテーマは「商材」でしか無いと私は感じていますので、そんな薄皮は一瞬で弾けとんでしまうのでしょう。
この動画は、ラストで宣伝される三橋の著書(情報商材)のダイレクトマーケティング(「刺さる人」にだけ効率よくPRする)が目的でしょうから、内容がどれだけ破綻していても、実は当人たちには一向に構わないのだと思います。
なので、是非遠慮せず、もっともっとネトウヨ層にのみ特化したベットベト…もとい、「コアな」(清潔っぽい言い換え)対談動画などをどんどん公開してもらいたいですね。
その言葉、その態度を「日本人の常識」に問いかけていく〝お手伝い〟は、いっくらでもしますよ!