時浦兼(トッキー)

久米宏の訃報で「今やニュースはショウ・タイム」という歌詞を思い出した。

時浦兼(トッキー)

2026年 1月 14日

中島みゆきの1985年のアルバムに『ショウ・タイム』という曲があります。
当時の世相を皮肉ったとも取れる歌で、そのサビには
「今やニュースはショウ・タイム、
 今や総理はスーパー・スター」

という歌詞があります。

昨日、久米宏の訃報を聞いて、不意にこの歌を思い出しました。
久米宏こそが、テレビのニュース番組を「ショウ・タイム」にした最大の人物だったからです。

それから40年、ニュースの「ショウ・タイム」化は進む一方で、もうニュース番組とワイドショーの区別もつきません。そうして、ワイドショーのやり口でコロナ恐怖を煽った『羽鳥慎一モーニングショー』のために何が起きたかは、絶対に忘れることはできません。

同時に、総理の「スーパー・スター」化も進む一方で、スター性の乏しい首相は短命というのはもはや前提。逆に小泉、安倍、そして高市と、一度「スーパー・スター」にさえなってしまえば、政治的に何を言おうがやろうが誰も注目もせず、批判は封じられるという状態になっています。

中島みゆきの『ショウ・タイム』は『ニュースステーション』の番組開始前につくられた曲(発表は開始直後)なので、久米宏は既にその当時に存在していた風潮に上手く乗って番組をヒットさせただけとも言えます。
また「ゴー宣DOJO」もエンタメ性の充実を目指しているのだから、一概にショウアップが悪いとは言いません。そこはバランス感覚です。

しかし、政治でも外交でも「面白けりゃいい」というだけになって、深いところまで全然考えず、政権批判もしないというのであれば、それは完全にバランスを欠いているでしょう。

『ショウ・タイム』の歌詞は「チャンネル切れば別世界」という歌詞で締めくくられています。
今でいえば、「X閉じれば別世界」ということになるのでしょうか?

ゴー宣DOJO・公論イベントは、Xを閉じた別世界にある思想を深化させていくことを、一方でショウアップも重視しながら展開していく場でなければならない、なんてことを改めて思った次第です。