大須賀淳

出産への立会いで履かせてもらった「下駄」

大須賀淳

2026年 1月 12日

昨日のゴー宣DOJO「新春 女はつらいよ」本当に面白かったー!内容はもちろん、登壇した皆さんの着物姿の華やかさも、新春という以上に「新時代」の始まりを象徴するようで、とても心躍るものがありました。

 

着物と言えば、今日は長女の成人式。着付けとヘアセットの予約が朝6時!で、まだ暗い中を車で送りながら、あらためて着物の着付けって大変なんだなー、と実感しました(昨日の登壇者の皆さんも、本当にお疲れ様でした!)

 

さて、昨日の議論の中で立会い出産の話題も出ていましたが、20年前に長女が生まれた時、自分も立ち会いました(下の子の時も立ち会いたかったものの、予定日が遅れて仕事の都合で残念ながら叶わず)。

 

その動機なんですが…色々な方面・角度から怒られそうなのを覚悟で本音を言うと、最も大きかったのは「好奇心」です。だって、目の前で人間の赤ちゃんが産まれる所なんて、こんな機会以外に見られないじゃないですか?(←さっそく怒られそう)。

 

そんな邪な(?)動機だったもので、もう何もかもが珍しく、もう一皮ぶっちゃけると心配や感慨よりも、ひたすら「わー、わー、すげー、すげー!」とただ驚き、興奮しっぱなしというのが本音。普段は、あんまり血を見たりするの得意では無いのですが、まったく怯む感覚にはなりませんでした。

 

そんな興奮状態なものだから、苦しんでいる妻に「がんばれー!もうちょい、もうちょいだー!」みたいな非常に能天気な声援をしていたのですが(妻にしてみれば、本当はちょっとムカついてたかも(笑))、産まれて色々落ち着いた後に看護師さんが「あんなに励ます旦那さんいないですよ!偉いです!」って言ってくれたんですね。

 

これ、人生でも最大級の「男だから履かせてもらった下駄」ですよね。自分は何一つ痛くも苦しくもなく、ただ驚き興奮していただけで「偉い」と賛辞をもらってしまったのだから。

 

自分の中に存在する「男としての疚しさ」を感知した時は、かならずこの時のエピソードを思い出します。

 

呑気に興奮したまま撮影した、長女の「人生初めての一枚」がこの写真。

 

20年以上の時が過ぎた今日も、式の後、景色の良い所にいって、振袖姿の写真を色々と撮りました。その「最新の一枚」はここには載せられないですが、それを撮る事ができるのは、実に恵まれた事だという感慨はあります。

 

親子というのは「タテ軸」と「ヨコ軸」を同時に持つ特殊な間柄であり、これまでもそうであったように、その関係性は今後も常に変化を続けて行くでしょう。それでも、節目の「最新の一枚」というアップデートを、今後も撮ってみたいという…これも正直、高潔な「想い」というより無邪気な好奇心のようなものかもしれませんが、そういう気持ちは持っています。

 

色々なバランス感覚の礎となるのは、案外こうした素朴な感情なのかもしれません。