高森明勅

イラク戦争への評価の変化

高森明勅

2015年2月11日 09:00
イラク戦争当時、私も漠然とした容認論だった。

その頃は、既に小林よしのりさんに親しくして戴いていた。

だが、いち早く強烈なイラク戦争への批判を展開された
小林さんの意見は
、正直に言って突飛な極論との印象だった。

ただ、アメリカが無理やり相手を戦争に追い込んでいく開戦迄の
経緯に、
大東亜戦争と共通するものを感じ、強い違和感があった。

また、フセイン政権打倒後についても、
アメリカの楽観視を危ぶんでいた。

しかし、その程度。

それが何故、イラク戦争を明確に非難する立場に転じたのか? 

と今回のゴー宣道場の場で、切通理作さんから質問を受けた。

思考停止を踏み越える1つのサンプルになるかも知れない、
という観点からの質問だったと思う。

だがそれは、買いかぶり。

質問自体、私にはやや意外だった。

と言うのも、その後、
アメリカがイラク戦争の開戦理由としていた大量破壊兵器の保有や
アルカーイダとの協力関係などが、
全く事実ではなかったことが判明。

更に戦争の結果、同国の民主化をもたらすどころか、
フセイン時代より、
現地の人たちにとっても、国際社会にとっても、
遥かに悪い状態に陥ってしまった。

だから、今やイラク戦争擁護論を唱える余地など、どこにもない。

それは殆ど自明、と思っていたからだ。

だから逆に、質問に対して、とっさに要領よく説明できたか、
自信がない。

こうした自分の思い込みを揺さぶることが出来るのも、
道場の醍醐味であり、魅力だ。