まとめた巻があります。
このなかに、明治15年3月、自由民権結社「嚶鳴社」が行った
の自論をゴリゴリと展開し、いきなり押せ押せモード。
時代背景的に、もちろん全員が女帝に否定的・・・・・・かと思いきや、
史料を読んでみると、発言者8人のうち、男系男子論は3人だけ。
「重んじるべきは皇統の保続でしょ」
「過去の女帝、別に卑しまれてないよ」
別に貴者あるが如き思を為すを免るゝ能はず」
の慣性に固着せり。」
旧皇室典範が制定されるのですが・・・。
次のような理由が挙げられています。
(※実際の史料は明治の文体ですが、以下、わかりやすく現代語訳します)
「8人10代の女帝がいるが、みんな単なる中継ぎでしかない!」
「女帝が即位すると、結婚相手として、どこの馬の骨かわからない男
が皇統に入り込むことになってしまう!」
「一般庶民はみんな結婚しているのに、女帝にだけは生涯独身でいて
もらうなんて、自然の摂理に反するしあまりにも気の毒じゃないか!」
これ、竹田恒泰氏はじめ現代の男系固執派やネット右翼の人々が
いま言ってることそのままなんですけど。
いまだに明治15年の言説をそっくりそのまま忠実に
トレースして唱えていただけだったのか。
しかも、明治時代の8人の論者の意見を読んでいくと、
論点は「制度」や「対策」や「伝統」の問題だけではなく、
「天皇に対して大衆がどんな感情を持つか?」ということや、
「大衆が受け入れる天皇像とは?」ということに集約されていくのです。
だからこそ、「男を尊び女を卑しむ」時代背景が勝利したのだと思います。
平成の時代になっても、この「大衆の受け入れる天皇像」が重要である点は
同じなのではないかと私は思います。
国民は、「男系男子の御方だから」という理由で天皇陛下を敬愛し、権威を
感じているわけではありませんよね。
だから「男の血!」と強弁されたり、「ぼく、旧宮家系ですから」みたいな顔を
されても、「はあ?」と感じて嗤う人のほうが多いんです。 「2650年以上も続いてきた美しい男系維持の伝統」じゃないですよ。
「明治時代よりどんどん薄れていった男尊女卑の願望」にしがみついてる
だけですよ!