中道・伊佐進一衆議院議員のXポスト。
これ自体は、国会へ真剣に取り組む議員の本当に切実な声なのですが、同時にちょっとクスッと笑ってしまう方向に想像が広がってしまいました。
サナエ、「触れさせちゃイケナイ存在」になってるんだなー。
それもそのはず。一度サナエに答弁させれば、内容がカラッポならまだ良い方で、与党内の各位においては「また厄介な事言いやがって…」と思う事必至の問題発言をもう何度も何度も繰り返していますものね。
だけど「初の女性首相」「何かやってくれそう」という幻想に基づく人気は、与党議員にとって「自分の立場を保証する土台」なので、本人を不可侵にした上で周囲が必死になって虚構を守ろうとする。
これは、祀られているご神体が本当は「ただの石ころ」だとわかっていても、(自分に利益をもたらす)「物語」を失墜させまいと右往左往する、低レベルな宗教的構図そのものです。
このイメージ画像で言えば、石ころを取り巻く「ご神体・サナエ」を取り巻くしめ縄や蝋燭が、伊佐議員のポストにある各大臣にあたるわけですな。

虚ろなフィクションという水槽の中でしか生きられない者ほど、「本物」の輝きや物語を持った存在が死ぬほど怖いはず。
エセ保守という水槽の中で息をしている者が、「本物」である愛子さまを排除しようとするわけだよ。
国という存在が一つの物語であるならば、その中に生きる人々は「未完の将来」(未来)を希求するのが必然であり、愛子さまへの皇位継承を望む大多数の国民の意識はその結実に他なりません。
過去から現在(過去にとっての未来)への道のりは、水槽の水を適宜交換しながらその内実を保ってきた姿そのものです。
ご神体・サナエが象徴する旧弊への固執は、水の交換を頑なに拒みながら、トンデモ理論に基づく薬剤(男系男子固執・養子案)の投入で誤魔化そうとし、結局は水槽内を全滅させてしまうような愚かさに他なりません。
石ころを石ころと言う事に発狂してガード(これは保守ではなく保身)する者に怯まず、「本物」の光が屈折なく広がる清浄な水を注いで行こう。