<本家コロナ真理教の人々⑮>【人は信じたいことを信じる】byカイジロウ
「重大な懸念は認められません(本家⑭)」で審議会の無責任な姿勢を非難しましたが、皆さんは怒りが湧きましたでしょうか。射て射てと言われたから射ったのに、人が死んでも責任を認めない歴代厚労大臣や政権与党に対し、その怒りの矛先を向けて押しかけるでしょうか。ですが残念ながらそんな事にはなりませんね。薬害エイズとは違い、自分が射ったワクチンに関わる事なのに、なぜ射った人はこんなにも無関心なのでしょうか。
『新戦争論1』の「日系ブラジル人「勝ち組」が信じたい情報」では、戦争終了後も日本の敗戦を信じない日系人が赤裸々に描かれ、ここには「人は信じたいことを信じる」ことがよく現れています。そしてそれは情報化が進んだ現在でも不変の原理であって、副反応に苦しんだ接種者にワクチンの逆効果を理解して貰うことは困難です。接種者にとって「あれだけ苦しんだのに無駄で逆効果だった」ことはあってはならないのです。これはマスクも同様で、何年も苦しい思いをしたマスクが今更全部無意味だった事実なんて到底受け入れられません。
そしてそれは「重大な懸念は認められません」も同様で、射った審議会メンバーは勿論、プロパガンダに加担した役人もマスコミも、更には騙された国民も、ただそう信じたいのです。「重大な懸念は認められません」は「そうあって欲しい」国民の総意です。ワクチンの接種を決めたのも史上最大の薬害を生んだのも自民党政権ですが、その事を理由に自民党の支持率が下がった事実はありません。政権与党は「重大な懸念は認められません」と嘘をつき続けましたが、国民も史上最大の薬害という事実から目を背けてその嘘を信じ続けていることが、未だ接種の続く不可思議の断面図なのです。
コロナ騒動に詳しくなって解毒について聞かれることが増えた私は「忘れて生きるより他はない」と冷たい対応をしています。それはもちろん科学的に不可逆な機序を考えると解毒などあり得ないからですが、同時に人体にはプラセボもあり、前向きに生きることが大事だと思っているからです。そして何よりコロワクを勧めた大勢の医者も、ワクチン被害に向き合って解毒を勧める善意の医者も、「信じたいことを信じる」という点で1mmの違いもないからなのです。
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取り返しのつかないことをやっちゃった時は、もう忘れて「なかったこと」にするしかないですからねえ。
実際には、決して「なかったこと」にはならないんですけど、そうして生きていくしかないわけで。
しかし、責任ある立場にあるはずの人が、ことごとく自分の責任を「なかったこと」にして遁走していくことに対しては、もっと怒らなくてはいけないと思うのですが。