高森明勅

母方から「姓」を継ぐ話

高森明勅

2014年 9月 6日

先に、元々シナ文明の影響下、「男系」主義に立脚するはずの
“姓”も、
わが国では母方からも女系で受け継いでいた実例を紹介した。

即ち、物部弓削守屋が父方の物部姓だけでなく、
母方の弓削姓をも併せ継承しているばかりか、
ただ「弓削大連(
ゆげのおおむらじ)」(『播磨国風土記』)と
称する場合があり、
また蘇我入鹿を
「林臣(はやしのおみ)」(『日本書紀』)とか、
「林太郎(はやしのたいろう)」(『上宮聖徳法王帝説』)
呼ぶ例があったことなど。

どちらも、シナ男系主義の観点からは、甚だ異例、
というよりあり得ないこと。

女系も独自の血統と認める、わが国固有の伝統を前提としなくては、
とても説明できない。

これに関連して、
日本最古の仏教説話集『日本霊異記』(
9世紀初め成立)に
興味深い物語が収められている。

第29代欽明天皇の時代、美濃方面のある男が、
美しい女性と結婚して男児を得た。

ところがある時、犬がその女性に吠えかかり、
正体はキツネだったことが露見。

そこで、その児は「狐直(きつねのあたえ)」

姓を称することになった―と。

いかにも他愛のない、美濃国の豪族、狐直氏の起源説話だ。

勿論、史実ではない。

だが、姓を母方から女系で継承することもあり得る、
との観念が社会に受け入れられていなければ、
こうした説話が生まれること自体、考えにくいのではないか。

シナの男系主義とは異なる、わが国の「双系」
伝統を示唆していよう。