高森明勅

保守系知識人の「安倍談話」への見方

高森明勅

2015年10月9日 12:29

遅蒔きながら、安倍談話に対する保守系知識人の発言を、いくつか。

新しい歴史教科書をつくる会の会長だった西尾幹二氏。

「安倍談話は、せっかく世界史全体を見据えて、
冒頭で19世紀からの西欧植民地支配の歴史に言及されていたのに
第2段落で、視野は一遍に日本一国の話になり、しかも経済の問題が
全てだというような語り方になってしまう。

日本が世界の秩序への無法な『挑戦者』として扱われ、
あれよあれよという間に東京裁判に屈服するような内容になり、
まことに残念でなりません」

安倍談話へ向けた懇談会のメンバーだった中西輝政氏。

政治評論を仕事にしている立場から見ると、あの談話は大変巧妙な
構成になっていて、政治的文書として賞賛措く能わざるほど
『素晴らしいでき』だと評価できます。

ところが、歴史学者として見ると、余りにも多くの問題を含んでいて、
村山談話を歴史理念として超えるものではなかったと言わざるを
ません。

…安倍政権を支持する保守派の人たちは、談話を賞賛する人が多い
けれど、そう単純でもない」

歴史学者の伊藤隆氏。

「基本的に東京裁判史観だと思います。
保守系全体の高い評価に驚き、もう一度読み返したが、やはり
『歴史解釈が東京裁判史観と同じだ』と確信しました。

安倍談話を手放しで評価するということはできません」

故・司馬遼太郎氏の歴史の見方は「司馬史観」と呼ばれ、
近頃は保守系からの評価は芳しくない。

だが、安倍談話の骨格はまさに司馬史観そのもの。

明治は立派。

昭和前期は駄目駄目、と。

これなら東京裁判史観(=連合国史観)とも矛盾しないし、
村山談話とも対立しない。

実に「巧妙」。

それを、保守系の多くの人たちが口を揃えて絶賛した。

東京裁判史観こそ、
憲法9条を固定化してきたイデオロギー
そのものだから、
不思議な気がする。