小林よしのり

記憶の限りでは会ってない

小林よしのり

政治・経済
2018年4月12日 02:13


柳瀬唯夫首相秘書官の「記憶の限りでは会ってない。」

いう言葉は面白い。

「限りでは」という言い方がミソだ。

「会ったかもしれない。けれど記憶の限りでは会ってない」

という意味になる。

では、記憶以外にあった可能性があるかもしれないという

ことになる。

記憶には残っていないが、会ったことを自分は忘れている

のかもしれないという含意があるのかもしれない。

 

「おまえオナラしただろう?」

「記憶の限りではオナラしてない。」

「ニオイがするぞ。」

「してないと断言しないが、記憶の限りではしてない。」

「オナラした可能性はあるんだな?」

「してないとは断言しないが、記憶の限りではしてない。」

「お前がオナラした音を聞いたという人がいるんだぞ。」

「その人が嘘をついたとは言わないが、私の記憶の限り

ではオナラしてない。」

「嘘つき!」

「嘘つきというなら証拠を出してほしい。」

「嘘つきじゃないと言うなら、オナラしたとはっきり

言えばいいじゃないか!」

「オナラしたとも、オナラしてないとも、はっきり言う

ことはできない。なぜなら記憶の限りの話しかできない

から。」

「その場にいた者たちが、全員おまえがオナラしたと

証言したらどうする?」

「私がオナラしたと、全員の記憶にはあっても、私の

記憶の限りではオナラしてない。」

「微妙に正直だから、「記憶の限りでは」という留保を

つけてるな。その留保をとって、私はオナラしてないと

なぜ断言しない?」

「嘘つきになるから。」

「じゃ、本当はオナラしたんじゃないか!」

「そーとも言える。」