高森明勅

ことなべて御身ひとつに

高森明勅

皇室・皇統問題
2020年 9月 29日

上皇后陛下が、「歌人」としても卓越したご資質を備えておられることは、
皇室に関心を持つ人には広く知られた事実だろう。
その上皇后陛下が、平成10年の上皇陛下のお誕生日にちなみに、
次のような御歌(みうた)を詠(よ)んでおられた。

ことなべて
御身(おんみ)ひとつに
負ひ給(たま)ひ
うらら陽(び)のなか
何(なに)思(おぼ)すらむ

上皇陛下(当時は天皇)は、世の中のあらゆる事柄を
ご自身の責任として背負われて、うららかな日差しの中におられる今も、
人々の為に、どのように御心(みこころ)を砕いておられるのだろうか。
お側近くで暮らす自分でさえも、軽々しく思いを及ぼせない「天皇」だけの
厳(おごそ)かな責任感が拝されて、粛然たる気持ちになる。
ーそのような意味の御歌だろう。

うららかな日差し(うらら陽)と、全てをご自身の責任として
背負われようとする陛下の厳(きび)しいご態度(御身ひとつに負ひ給ひ)
との“対照”が、印象的だ。

しかし、これは勿論(もちろん)、単なる文学的な技巧ではない。
そうした一見、穏やかな日常にあっても、常に「天皇」として、
自らが「象徴」という“責務”を課されている国家と国民に関わる、
ありとあらゆる事柄(ことなべて)に、避けがたくご自身の責任を
お感じになられる、陛下の日々の具体的な現実に裏打ちされた表現だ。

上皇陛下のビデオメッセージ(平成28年8月8日)にあった「全身全霊」
というお言葉の背景には、そのようなご日常があった。
これはもはや、通常の「君主」や「元首」という次元を超えた
境地ではあるまいか。

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