- 新しい順
- 古い順
- タイル表示
- リスト表示
「三島事件」アンケート
高森明勅
文藝春秋社が刊行していたオピニオン雑誌『諸君!』。 今から20年程前の平成11年12月号で、「三島事件」特集を組んだ。 そのメイン企画は「著名人100人アンケート」だった。 その中から何人かの回答の一部を紹介する。 まず、事件当時、防衛庁長官だった中曽根康弘元首相。 「三島(由紀夫)君がいわんとしたことは理解できるが、行動は是認できない。 もっと長く生きて、...
判決文の中の三島「天皇論」
高森明勅
「三島事件」裁判の判決文。 三島由紀夫の「天皇論」についても、立ち入って論及していた。 「三島は、かねてより天皇をもって日本の歴史、文化、伝統の中心であり、 民族の連続性、統一性の象徴であるとし、かくの如(ごと)き 天皇を元首とする体制こそが政治あるいは政体の変化を超越する 日本の国体と呼ばれるべきもので、この国体こそが真の日本国家存立の 基礎であって、これ...
日本を眷恋する誠直の衷情
高森明勅
「三島事件」裁判の判決文は、意外なほど事件の当事者達に同情的だった。 引き続き、その事を窺(うかが)わせる箇所を引用する。 「本件(三島事件)にあっては、三島(由紀夫)、森田(必勝、まさかつ) 及び被告3名が自衛隊と結託して政治的野望を遂げようとしたとか、 武力革命を自衛隊に対し唆(そそのか)したという点は窺えず、 同人らはひたすら自衛力の保持こそ我国(わが...
三島事件裁判「憲法批判」判決
高森明勅
今年から50年前の昭和45年11月25日。 自衛隊の施設(東京・陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地)内で、 三島由紀夫らが“憲法改正”を訴えて自決した。 いわゆる「三島事件」だ。 人々に強烈な衝撃を与えた。 同事件の裁判の判決文(東京地方裁判所、昭和47年4月27日に判決)を 読み返してみると、意外と同情的なのに驚く。 例えば憲法を巡り、以下のような言及がある。「翻(ひ...
「天皇反対」と書いた社員の涙
高森明勅
皇宮護衛官として皇宮警察学校副校長、赤坂護衛署署長などを 歴任された故・亀井孝之氏。 昭和51年11月に国民文化研究会の東京地区浦富合宿で講話をされた。 その記録から(『国民同胞』令和2年11月号)。 「最近聞いた話で、陛下(昭和天皇―引用者)のお人柄が よく現れてゐると思ふ話があります。 昭和40年頃に、陛下がある会社に行幸(ぎょうこう)された時のことです...
東京新聞、週刊新潮にコメント
高森明勅
立皇嗣の礼が終わった。 これに関わって、メディアからは東京新聞(11月11日付)と 週刊新潮(11月12日号)にコメントを求められた。 週刊新潮の記事の前半はYahoo!ニュースに取り上げられた。 なので、そちらで私のコメントを読んでくれた人もいるだろう。 東京新聞には、百地章氏(日本大学名誉教授)、小田部雄次氏 (静岡福祉大学名誉教授)、所功氏(京都産業大...
悠仁殿下を言い訳に先延ばし?
高森明勅
政府・自民党関係者の中に驚くべき無知が、 いつの間にか根付いてしまっているのか。 今の制度では皇位継承順位が第2位とされている秋篠宮家のご長男、 悠仁親王殿下がまだお若い(これは事実)ので、皇位の安定継承を巡る検討は 急ぐ必要が無い(これは全く間違い!)、と考えているとか。 もし、それを本気で信じているなら、底なしの無知。事実を知った上で、 ひたすら保身のみ...
天皇制は必要なのか?
高森明勅
随分、先の話のような気もするが、来年3月14日(これは私の誕生日!) に奈良県で開催予定のゴー宣道場のテーマは、「天皇制は必要か?」 だとか。 なかなか刺激的なテーマ設定だ。 小林よしのり氏らしいアイデアと言うべきか。 小林・泉美木蘭・倉持麟太郎諸氏が否定派、笹幸恵・高森両名が 肯定派に分かれて、ディベートを展開する計画という。 率直に言って、私はディベート...
皇統問題、又もや見送り?
高森明勅
共同通信の記事(11月7日21時07分配信)。 「国会が速やかな検討を求めている安定的な皇位継承策に関し、 政府内で結論提示の見送り論が強まった。 複数の政府関係者が7日、明らかにした。 男系維持か女性・女系天皇容認かで国論は二分されており、 政府として明確な案をまとめるのは時期尚早との判断に傾いた。 次善の策として、女性宮家創設を含む皇族数減少対策に 踏み...
皇室典範改正は憲法の要請
高森明勅
「立皇嗣の礼」の後、時を空けないで、 皇位の安定継承に向けた政府の検討が始められる。 それが国会(つまり国民)との約束だ。 そこで念の為に、最も初歩的な論点を改めて“おさらい”しておこう。 憲法第2条に以下のようにある。 「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、 これを継承する」ここには2つの要請が盛り込まれている。 1つは...
皇位の安定継承を巡る「消去法」
高森明勅
皇位の安定継承を目指して取り得る方策は、 純粋に「論理的」にだけ(つまり一旦、妥当性・実現可能性を除外して) 考えても、実はかなり限られている。次の3つ位だろうか。 ①側室を復活し、非嫡出にも継承可能性を認める(明治以前の状態に)。 ②国民の中に、旧宮家系以外にも多数いる、遥かに遠く皇室の男系の 血筋を受け継ぐ人々にも皆、皇位の継承資格を認める (事実上、皇...
国民民主党・玉木代表の国会質問
高森明勅
11月4日、国民民主党の玉木雄一郎代表が衆院予算委員会で質問に立たれた。 皇位の安定継承への取り組みは、「立皇嗣の礼」が終わったら、 直ちに始めるのか、という主旨の質問だ。 これに対し、菅義偉首相は特例法の附帯決議の趣旨を尊重し、 「速やかに」行う旨の答弁を行った。 その他には、特に目新しい内容は無い (前置きとして、例の「男系の重み“など”を踏まえ“ながら...
ふり仰ぐ、かの大空の…
高森明勅
昭和45年。 今から50年前の明治神宮ご鎮座50年に当たり、当時は皇太子妃で いらっしゃった上皇后陛下がお詠(よ)みになった御歌(みうた)。 ふり仰ぐ かの大空の あさみどり(浅緑) かかる心と 思(おぼ)し召しけむ ふり仰ぐと、広々とした空はどこまでも爽やかな淡い青色。 その空のような澄みきった、広やかな心を持ちたいと、 明治天皇はお考えあそばされていたこ...
明治天皇例祭と明治天皇崩御日
高森明勅
先日のブログで明治天皇が崩御(ほうぎょ)された日を 明治45年7月“29日”と記(しる)した。 これを不審に感じた人がいるかも知れない。 一般に明治天皇の崩御日は7月“30日”と受け取られているからだ。 のみならず、皇室祭祀の明治天皇例祭も同日に行われている (宮中の例祭は崩御相当日に行われる)。 だが、明治天皇が実際に亡くなられたのは7月29日、午後10時...
「絵画館」バーチャル案内?
高森明勅
東京・明治神宮外苑の中心施設は「絵画館(かいがかん)」。 明治天皇のご生涯を描いた入魂の巨大壁画(日本画・洋画40枚ずつ) が展示してある。 正式名称は「聖徳(せいとく)記念絵画館」。 「聖徳」は一般に“君主の徳”を意味するが (他に“非常に優れた知恵と人徳”の意味もある)、 この場合は勿論、明治天皇のお徳のこと。 歴史の教科書などで、誰もが知っている絵画の...