昨日の朝日新聞では、衆院選当選者のうち、憲法改正賛成が93%、自衛隊明記賛成が80%と報じられた。
共同通信社は、自衛隊明記案に「どちらかといえば賛成」も含め、81.1%に上ったと報じている。
自民・維新で衆院の3分の2を占めた今、ぜひとも改憲論議は活発にやってほしい。
だけど、9条の改正案が「自衛隊明記」では、全く話にならない。
自民党の掲げる自衛隊の存在を明記する案は、下記の通り。
9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
② 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する
現行の9条はそのままに「自衛隊を保持」することを書き込もうという案だ。
一読すると「めでたし、めでたし」だけど、現行9条2項がそのままなのだから、思いっきり矛盾する。
9条2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
要するに自民党改正案では、「自衛隊は陸海空軍その他の戦力ではない」ということだ。
そもそも「現代の国際秩序において」は、国の軍事組織は国を守るために存在するのであって、自衛隊とはすなわち軍隊でなければおかしい。
自衛隊をそのまま直訳して「Self Defense Forces」といっているけど、実質的にはArmyであり、Navyであり、Air Forceだ。
自衛隊が軍隊でないことは国際社会では到底理解されないだろうし、自衛官が軍人でないならば、ジュネーブ条約で定める捕虜としての適切な保護を受けられない。
戦場で心ならずも敵側に落ちたとき、自衛官は、「私は日本国憲法上、軍人ではありません」と言わなければならないのか?
完全なるガラパゴス化だ。
今だって、日本にある各国の大使館には武官がいる。彼らは軍人である。
日本も、各国に置いてある大使館に自衛官を置く。防衛駐在官という。
防衛駐在官になるために、なんと防衛省から外務省に籍を移す。軍人ではなく「外務省員」なのだ。
それもこれも、軍隊忌避の「戦後レジーム」から脱却していないからだ。
「軍人ではない・軍隊ではない」ことを取り繕うために詭弁を弄し、ごまかしの手続きを行う。
自民党の自衛隊明記案は、それを固定化するということだ。
いくら自衛隊を憲法に明記したからといって、「戦力か否か」という神学論争は終わらない。むしろ解決のしようのない分断を生む。
実質は何も変わらない。それがわかっていて自衛隊明記案に賛成する人は、決まってこう言う。
「改憲は段階的に行えばいい、まずは自衛隊明記が先決だ」
バカ言っちゃいけない。
どんな形であれ、改憲すれば「とりあえず満足」するのが人の性。ものすごいエネルギーを必要とするのだから、当面は避けて通ろうと思う。そうして先送りにした結果、「段階的に行う」という当初の目論見は忘れられていく。
同じようなことは、戦後すぐに起きている。
海上自衛隊の前身である海上警備隊の発足のため、かつて、海軍将校を中心に「Y委員会」が秘密裏に組織された。彼らは海上警備隊発足のための計画を策定したが、根っこにあるのは「海軍再建」だったという。
それが悲願。
しかし占領下、今はその時期ではないからまずは段階を追って・・・と、臥薪嘗胆。
私はその話を海軍兵学校出身の方から聞いた。
先輩たちが悲願とした海軍再建は今なおできていない。
もう日本は独立国家であるはずなのに、だ。
それどころか、「軍隊ではない」ことを憲法に明記しようとしているのが、戦後80年の今の日本だ。
あべこべすぎる。
本質を見極めようとせず、小手先でごまかそうとするから、公ではなく私の自己満足にひたろうとするから、こうなる。
自称保守連中にこそ、軍隊アレルギーがあるのではないか?
戦後レジームが骨の髄まで染みわたっているのではないか?
そうでなければ、自衛隊明記でお茶を濁そうなんて発想は出てこない。
「自主独立国家として、自衛隊をちゃんと軍隊として位置付けようよ」
政治家はなぜこう言えない?
無責任極まりない。
戦場で割を食うのはあなた方が愛して止まない自衛官である。