高森明勅

4冊の本

高森明勅

2013年 10月 19日
勉強熱心な社会人の若い女性2人。

1人は、奇特なことに本居宣長に興味があるという。

もう1人からは、近現代史についての良書を尋ねられた。

そこで宣長については、貧しい書斎から村岡典嗣と小林秀雄の著書
(書名はともに『本居宣長』)を貸すことにした。

村岡の宣長研究は、アカデミックな方面では「古典」としての
揺るぎない地位を得ている。

小林の場合は、思想的な宣長論の最高峰だろう。

どちらも、初心者には少し歯応えがあり過ぎかも知れない。

しかし、チラッと覗いてみるだけでも、意味はあるはずだ。

近現代史については、いささか風変わりな本選びを。

林房雄の『大東亜戦争肯定論』を薦めることにした。

同書は単なる「大東亜戦争」論ではない。

書名のイメージとは違い、型破りで挑発的な近現代史論になっている。

私がまだ中学生だった頃に読んで、
その「東亜百年戦争史観」に目が覚めるような新鮮な印象を受けた
記憶が、今も新しい。

もともと『中央公論』に連載され、その後、様々な形で出版された。

我が書棚には今、番町書房版と夏目書房版がある。

その他、別に2種類くらい持っていたはずなのに、見当たらない。

親切な解説がついた夏目書房版を貸すことに決めた。

ずいぶん昔の本で、当然ながら色々と批判も出来る。

しかし今も十分、広く読まれるに値するし、
色褪せぬ魅力を湛えた書物だ。

どこかの出版社が、また刊行してくれないかと思う。

意外と、商売としても成り立つのでは。

そう言えば、展転社から保田與重郎の
『ふるさとなる大和ー日本の歴史物語』(1500円+税)が
新しく刊行された。

保田については以前、講談社から全集が出たし、新学社の文庫もある。

戦後暫くは、全く無視抹殺された格好だったものの、
近来、じわりと再評価されつつあるようだ。

それでも、その文業の偉大さに比べたら、
保田の名前はまだまだ、余りにも知られていない。

そうした中で、展転社は保田の異色の文章に目をつけた。

彼が教材として、子供向けに書いた文章だ。

この着眼は見事。

これまで全集以外では、殆ど読まれたことのない文章で、
しかも保田にしては珍しく、極めて平易だ。

その上、そこで取り上げられているのは、
「神武天皇」「日本武尊」「聖徳太子」「万葉集物語」という、
注目すべき4テーマ。

「(これらの)課題の選択は偶然ではなく、
作者の歴史観・文学観を表現している」

「それぞれ日本精神史の重要な節目を示し、子供文学でありながら、
1つの壮大な文化論を展開している」(ロマノ・ヴルピッタ)

ーーと評されている通りだろう。

従ってこの本は、古典や歴史への上質な「誘い」であるばかりでなく、
絶好の保田入門書にもなり得ている。

編集者の志が伝わってくる好著。

私自身は学生時代、この本の元になった教材の小冊子を発行した、
全日本家庭教育研究会の東京本部にまで足を運んで、
冊子の『神武天皇』などを手に入れ、宝物のように大切にして来た。

そうした個人的な思い入れからも、今回の出版は嬉しい。