小林よしのり

憲法は結局は「慣習法」である

小林よしのり

ゴー宣道場・公論イベント
2014年6月9日 00:23


日曜の「ゴー宣道場」は「憲法」の本質を理解してもらう

ために、高森氏とわしが講義をしてるような風になって

しまったが、あれだけのことは伝えておかねばならなかった。

 

一つ、わしのミスを書いておきたい。

憲法は成文法だが結局は「慣習法」です、と言うべきを、

「不文法」と言ってしまった。あれは言い間違い。

 

憲法は国家権力(天皇、国務大臣、国会議員、裁判官

その他の公務員)が守らなければ形骸化してしまう。

天皇陛下は立憲主義の意味を知っておられるから、

絶対に、厳格に守っておられる。

だが国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、

憲法を守らない恐れがある。

 

国民が憲法に関心を持たずに、国家権力の監視を怠り、

彼らに憲法を守らせなければ、たちまち形骸化する。

だから憲法は成文化していても、結局は「慣習法」なのだ。

 

国民が国家権力を監視すべきということは、

マスコミにこそ、その重大な使命があるのだが、

残念ながらマスコミも、国家権力の広報紙に成り下がってる

例が見られる。

例えば読売新聞や産経新聞はその傾向が顕著だ。

 

国民のほとんどが「憲法は、国民による国家権力への命令書

ということを知らないのだ。

せめてその本質を徹底的にわかってもらわねばという危機感

から、昨日の「ゴー宣道場」は、啓蒙活動になってしまった。