小林よしのり

国内、国外が「憎悪」の魔力に嵌っている

小林よしのり

2015年2月18日 05:20


「憎悪」する快感について考えている。

わしは一度もアイヌ系の人々を「憎悪」したことはないし、

「憎悪表現」を使ったこともない。

わしも時浦も、徹底的にクールな論理だけを表現している。

 

だが、香山リカのシンパは、わしに「憎悪」をたぎらせている。

「憎悪表現」を吐き散らしてくる。

香山リカとそのシンパにとって、諸悪の根源は小林よしのり

となっているらしいが、本当にそうなのか検証する気はない。

 

「憎悪」すべき対象を見つけてしまったからには、論理は

要らないのだ。

小林よしのりが滅ぶまで「憎悪」の罵詈雑言を浴びせるだけだ、

彼らはそう考えている。

在特会やネトウヨもそう考えていて、わしに「憎悪表現」を

浴びせてくる。

香山リカとそのシンパも、もはや在特会よりも憎むべき相手は、

小林よしのりになってしまっている。

だから、小林よしのりに対しては「憎悪表現」が許されると、

香山リカは宣言し、それを扇動した。

 

なぜ彼らは「憎悪表現」を肯定するのか?

「憎悪」が快感だからである!

「反ヘイト」と自称しつつ、自分たちも「ヘイト」を楽しむのは、

「憎悪」の魔力に嵌ってしまうからである。

「憎悪」が脳内で快感物質を発生させ、それがストレス発散に

なるし、生きがいになる。

 

この脳内作用は、「憎悪」の応酬を止められないアラブ諸国の

人々も同様である。

ヨルダンVSイスラム国、エジプトVSイスラム国、「憎悪」を

拡散させて無秩序を作り出すこと自体が、イスラム国の狙いなの

だろう。

「憎悪」の正体について、深く思想することが必要である。