時浦兼(トッキー)

設営隊長が、会場で出会った方々

時浦兼(トッキー)

ゴー宣道場・公論イベント
2016年10月10日 09:15

昨日の道場の模様について、
設営隊長の報告をご紹介します!


会場に手話通訳の三人の女性が到着され、
その方々を席にご案内しつつ話す
機会がありました。
「皇室典範改正案」で使われる用語も
特殊なものが多いと予想され、
前以てプリントも求められお渡ししました。
それにしてもあの多くの内容を瞬時に
訳す手腕はただ事でないと思います。

手話通訳のおかげで全聾のNさんも
道場をその息吹ごと!楽しめること、
熱心に参加してついに「門弟」になられたこと、
そして早速ML等を通じてその感性・言葉を
生かし進んで参加しておられること
等お話ししました。

そしてそのことは、聾ではない者達にとっても
「聞こえる・理解するとはどういうことか」を
再考する機会にもなっています、と。

「『手話』って一つの言語ですね。
言葉って考え、意思疎通し、さらに深めていく
大切なものだと改めて感じています。」
と申し上げました。

笑顔の美しい方々で、楽しく話しながら、
そのお一人は(聞こえる私と)話しながらでも、
手話らしい優しいしぐさが自然に
混じっていました。
もう体にバイリンガルのように
自然に身についておられるのですね。

そんな会話の最後におっしゃった言葉は
---「手話通訳冥利に尽きます」でした。
それを口にされた三人の通訳の方々の
笑顔が一層印象的でした。

【冥利】---それとわからぬうちに
神仏があたえるめぐみ/ある立場にある
ことによって受ける恩恵  
【冥利に尽きる】---ありがたくてもったいない

通訳の方の言葉が心に残って、
後で辞書を引きました↑。
やはり、「慎みを以て畏れを知る感覚」を
含んだ意味なのですね。
これはまさにゴー宣道場が戦い守ろうと
している存在に直結している事だ!と思いました。

「畏れを知らない」ことが呼び寄せる
果てしない図々しさ・恐ろしさ・野蛮さは、
現政権はじめとして男系絶対派が
跋扈する様子によく現れている
---すでにご存じのとおりです。
さて、道場が終了し参加者達が帰っていく時、
涙ぐんでいる一人の女性がおられました。
門弟には登録していないけれど、
もうずっと継続して熱心に参加して
おられるKさんでした。(受付係を長く
やっていたので、参加回数の多い方の
お名前は自然に覚えちゃうのです) 

Kさんはいつも前列の席で、師範方の言葉に
一つ一つ頷きながら聞いておられ、
身を乗り出すように集中しておられるのが
後ろからでも見て取れるのでした。
大阪道場にも参加しておられました。

その方が泣く姿にどうかなさったか;;と
気になってちょっと声をかけました。
すると、この日の道場の内容に感動したこと、
また天皇陛下はじめ皇室の方々の
置かれている情況を想うと泣けてくる、
現政権はじめ苦しめている者達の
余りの酷さに腹が立って仕方ない、
---と声を詰まらせました。

それから堰を切ったように、この道場に
長く参加している思いを話して下さいました。

「仕事柄、必ず当日に休みが取れる訳では
ないので、門弟にならずにその都度
申し込んでは参加しています。
ありがたいことにたまたま続けて
参加させてもらっています。
大阪でも九州でも、どこで開かれても
私は行きたいです。だってこういう議論が
できる場所ってどこを探しても無い、
ここしか無いんですよ。こんな大切な
そして面白い場所が他にありますか?。----」
・・・(話し終える頃には眼鏡にまた
滴が付いて曇っていました;)

例えばKさんのような熱心な読者の方々も、
多くこの道場に集っておられるのだと思います。

大阪で開けばそこなら行けるという人々が、
九州で開催して頂きたいと願う読者達が
行動を起こせば、準備段階も含めて
そこに集う。---(今回の場外乱闘でも
九州の設営に協力するぞ、という表明が
新たに何人かからありました。)

また遠路関西、九州、東北、・・から
はるばる東京道場に参加される
読者達もおられます。

開始より6年余り。公論が語られる場所
「ゴー宣道場」に気づく人が増え
参加意欲も旺盛になる、
---道場の意味がますます
大きくなっていることを感じます。


陛下のご意向を叶えて
差し上げることができるか、
ゴー宣道場最大の正念場が
やってきています。

この熱意、この誠意が、
天皇陛下のお気持ちを平気で踏みにじる
不埒な者どもに負けることなど
決してないという思いを強くします。