高森明勅

ゴー宣道場と「運動」

高森明勅

2017年6月25日 05:29

天皇陛下のご譲位を巡る昨年以来の経緯の中で、
ゴー宣道場は運動団体になったのか」とか、
運動団体になるべきだ」といった受け止め方もあるようだ。

勿論、“運動”をどう定義するかにもよる。

しかし、これまで何度か、それなりに深く運動に関わって来た
私自身の体験から言えば、
ゴー宣道場は運動団体になったり
していないし、
なるべきでもないし、そもそもなれっこないだろう。

私自身は運動というものは、場合によっては必要だと考えている。
また実際に、大切な成果を生み出した例をいくつも知っている。
例えば近頃、ご譲位に伴う平成から次の元号への改元について、
メディアでも様々に取り上げられている。
しかし、
元号法制化運動によって昭和54年に元号法が
成立していなければ
、昭和から平成への改元もあり得なかったはずだ。

ゴー宣道場の参加者が、
それぞれ各自の判断と責任で運動を始めたり、
協力したりということは、当然あり得るし、既に何らかの形で運動に
コミットしている場合もあるかも知れない

それは当たり前ながら全く自由。

怠け者の私も、必要と思えば運動に取り組む場合があるだろう。

でも、道場そのものが運動団体になることは考えにくい。
もっとも、道場が「保守」
の劣化に抗して
言論を展開していること自体が運動だというなら、
そのことまで否定するつもりはないが。