開催場所: 大崎 人事労務会館
6月12日(日)午後1時 から『第14回 ゴー宣道場』が行なわれました。
今回の会場は、品川区大崎にある「人事労務会館」です
前々回、人事労務会館で開催した際には、場所がわからず迷ってしまう方が多かったのですが、今回はその旨告知していたためか、ほとんどの方が開始時間までに間に合うよう来場されました。良かった、良かった
さて、今回のテーマは「3.11以後の日本は変わるのか?」
特に、未だ解決の目処が見えない「原発問題」 を取り上げ、震災後の日本について議論します
「原発問題」について議論するのにも関わらず、今回の「ゴー宣道場」は、専門家も呼ばず、「シーベルト」 や 「ベクレル」を使うことも禁止
それにも関わらず、いつも以上に応募者が多く、選考が大変でした
残念ながら落選してしまった方々、今回は倍率が特に高かったので、今後も諦めずに応募して下さいね
まず、よしりん師範の挨拶から第1部が始まりました。
よしりん師範は、専門家を呼ばずに原発問題をやると言った「ゴー宣道場」に、これほど応募者が殺到したことから、今のメディアやそれを受け取る側の国民がどのような状況に陥っているのかを分析しました。
そして、この問題は「受け手」の側だと言います
つまり、どんなに情報を精査していっても、自分の望む情報しか取らない。
「反原発」なら反原発に都合の良いデータ、「原発推進」なら原発推進に都合の良いデータしか受け取らない。その状態で論争し合っている。
そして、「不安」だけは掻き立てられる。
結局は、「受け手」の側がどのような態度でいれば良いかということに尽きてしまうのです。
極端にイデオロギー化し運動家になっている人々ではなく、冷静に良識的であろうとする人々に向かって、今日の議論は進めていく、と宣言しました。
そして、「ここにいる師範方の中で、東電からお金をもらっている人は一人もいない!」ということも宣言しました
「原発問題」を語る上で、前もってこんなことを言っておかなければいけない言論界の現状が悲しくもありますが、「ゴー宣道場」には自由な言論が担保されている、ということを証明しておかなければなりません。
議論を始める前に、今回は皆さんがなぜ参加を希望されたのかを知るため、笹師範が「会場インタビュー」を行ないました
お一人目の方が偶然にも福島県から来られた地方公務員の方。お二人目は、被災地へ任務で赴いた陸上自衛官の方。
他にも息子さんが南相馬で被災されたお母様などがいらっしゃいました。
皆さん、様々な理由で参加されていて、観念論に陥りやすい「原発問題」だけれども、被災地では未だに瓦礫の撤去もままならず、物資も足りていない現実があるということを忘れずに議論する必要があることを、思い出させて下さいました。
まず、高森師範から原発問題やエネルギー問題の基礎になる知識をご説明頂き、そこから師範方による話し合いが始まりました
その中で、堀辺師範が、自分は原子力の「安全神話」に乗っかっていた一人で、深く考えて来なかったと正直な気持ちを吐露されました。
よしりん師範もそれに呼応する形で、「自分の愚かさを認めようと思う」と発言しました。
普通、言論人や立場のある人は保身に走りがちで、こんな率直な発言はできないと思います
でも、この「原発問題」に関しては、右も左も関係なく、自分だけわかっていたかのように高みから物を言っていても始まらないのだなと思いました。
今後のエネルギー政策がたとえ「脱原発」に向かったとしても、完全な廃炉にするまでには何十年と時間がかかること、使用済み核燃料の最終処理は方法すら決まっておらず、それこそ何万年単位の時間がかかることを考えると、人間は半永久的に放射能と付き合っていかなければならないという現実が、切通師範によって示されます。
また、代替エネルギーを開発しつつ、原発を段階的に縮小していくとしても、原子力に限らず、火力でも太陽光でも、エネルギーを作るには必ずどこかに負荷がかかっていることを考えると、まずはもっと根源的に、自分たちの生活そのものを見直す必要があると有本師範は仰いました。
建物の建て方や街の構造そのものを見ればわかるように、「クーラー」ありきつまり「原発」ありきで造られている
「脱原発」「反原発」というのならば、そこから考え直す必要があるのです。
大東亜戦争での敗戦以降、「エネルギーの自立」 は日本の悲願であった、という高森師範の発言から、日本の自主独立について議論は展開していきます。
そもそも、左翼の言う「反原発」 はイコール 「反核兵器」 。
よしりん師範は、自主防衛のためには「核武装」が必要だと考えてきたのに、「脱原発」となれば核武装は諦めなければならない。
自主防衛を諦めて、米国の属国になるのか?ということを考えると、そう簡単に「脱原発」ということは言えない、と発言しました。
それを受けて、堀辺師範は自主防衛に関する、“ 希望ある過激な発言 ”をされました
そして、有本師範は、核の軍事利用と原発について、よしりん師範と意見の違いが見えました。それはぜひ動画で確認してみて下さい
この自主独立に関する議論から見えたのは、巨視的に考える「国防」の足下で、原発を抱える地元は、
故郷喪失というとてつもないリスクを抱えることになるということです。
「エネルギー自立」の観点
核兵器と自主防衛に関わる点
「地震」にすら耐えられないという「安全神話」の崩壊
故郷を完全に喪失するという巨大なリスク
これら全てを総合して考えると、もの凄く悩ましい問題であるということが、第1部の議論では明らかになりました
では、どのように考え決断すれば良いのか?
第2部の質疑応答へ持ち越されました。
第1部で様々な議題が上がったことで、第2部での質疑応答では多くの手があがりました
原発推進を止めない中国との関係、原発廃止によって起こりうる日本の経済成長低下について、福島原発の設計ミスの問題、福島県産農作物の風評被害、子供を抱え不安に駆られる母親、ガイガーカウンター、復興政策のあり方等々、様々な問題が取り上げられました。
この質疑応答の最中、切通師範がペナルティを受けることになった発言がありましたが、その瞬間は動画でご確認下さいね
最後に、第1部の最後に提示された問題、今後の日本の進むべき道について、師範方がそれぞれ考えを述べました。
ここでよしりん師範が、それまでの議論をある意味ひっくり返すような発言をしました!
日本の原発が、今どれほど切迫した状況にあるのか。
ギリギリの所にいる現実を考えないように、見ないようにしているのではないか。
結局のところ、日本人は未だ覚悟しきれていないのではないかということを突きつけました
「脱原発」 と言った時に問われる覚悟は、相当のものです。
しかし、その覚悟が出来るか否かに、「3.11以後の日本が変わるのか?」が懸かっているのではないでしょうか?
確率は低いけれどハイリスクを背負わせる近代文明。
その最たるものが 「原発」 だということが明らかになった今回の道場でした
近代文明にどっぷり浸かっていた日本人は、今回の震災から、人間が創るものに「自然」 を超える 「絶対」 はない、ということに気付くべきなのかもしれません
次回「第15回 ゴー宣道場」のテーマは「天皇を知らない保守言論人」です
「近代を超える価値観」 のヒントが「天皇」 にはあります
今後の日本のあり方について、引き続き一緒に考えて行きましょう!
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