開催場所: 大崎 人事労務会館
7月10日(日)午後1時から『第15回 ゴー宣道場』が行なわれました
会場は品川区大崎にある「人事労務会館」 です
今回も門弟の皆さんに設営隊を担って頂きましたが、今回の設営隊募集は、開始から、なんとたったの14分 で定員に達してしまいました!過去最速です!!
まるっきりボランティアなのに、毎回、意欲的に協力して下さいます。
設営に関しては、もう何の心配もありません
会場では、高森師範の『日本の10大天皇』 のサイン本販売も行ないました
道場の冒頭、笹師範による会場インタビューで聞いたところ、なんと参加者の9割以上の方が既に購入されていました
その上、サイン本も完売しました。凄いですね
さて、今回のテーマは『天皇を知らない保守言論人』
「子供にもわかるような議論をする」と銘打って開催されました
師範方の目の前、最前列の席には、小学生を含む10代前半の参加者が座っていて、よしりん師範は議論の間、この少年少女たちの反応が気になって仕方なかったようです
まず、よしりん師範が、『戦争論』 を描いた頃や教科書運動を始めた12年前には、いわゆる保守言論人でも、天皇や皇室へ敬愛を示したり、重要な事として捉えている人はいなかったのに、いつの間にか「保守だから天皇敬愛」となって、誰もかれもが「我こそは尊皇派」になっていることへの違和感を表明しました
今や皇太子殿下にご忠言する程の尊皇家は、つくる会発足当時、高森師範に「あなたは天皇を尊敬し過ぎだ」と言ったそうです
「我こそは尊皇主義者」の皆さんは、自分はあたかも遙か昔から尊皇派だったかのように振る舞っていますが、尊皇となった経緯を説明し「自分にとっての天皇」 を語ってみせた人はいません。
そして、子供や外国人にもわかるように「天皇とは何か」 を説明することもできないのです。
皇統問題を論じるよりもっと手前にある「天皇とは何なのか」ということを、今回は主に議論します
この問題は、日本という国そのものの成り立ちに深く関わる問題なのです。
今回のゴー宣道場は、まず、それぞれの師範方が「自分にとっての天皇」を語って下さいました
決して大上段から語るのではない天皇観は、聞いている道場生にとっても「自分と天皇との出会い」 考えさせられる、とても貴重なものでした
「国民と天皇」と言ったときに、本当は一人一人、置かれている状況や育った環境によって全く違ってくるのに、十把一絡げに「国民は天皇についてこう思わなければならない」「こういう態度でなければならない」と言っても説得力を持たない、ということがわかります
切通師範が話された、周りの人に「天皇」について説明する際、受け売りの知識や情報ではなく、自分の言葉で伝えるのはどうしたら良いのか?という想いは、『天皇論』 シリーズを読んだ人の多くが共感されるのではないでしょうか?
また、笹師範からは、国旗・国歌の法制化 や、天皇陛下の「強制でなくね」 の真意、今の保守派の「尊皇」は、左翼の「反天皇」に対抗するための、もはや「手段」となってしまっていないか?といった重要な問題提起がされました
参加できなかった方も、ぜひ近日中にアップされる動画でご覧になって、一緒に考えてみて下さい
よしりん師範が議論の冒頭で紹介した朝日新聞の記事に、あなたはどう答えるでしょうか?
高森師範が仰った、戦時中の昭和10年以降の本は買ってはいけない理由、そして、今の自称保守派の本がその頃の本と同じようになってきているということ、また、堀辺師範ほどの方が、伝統主義者から 「アカだ」と言われたお話などから、天皇制支持の保守派や尊皇派の言動が皮肉にも、天皇や皇室に対する“ 強ばり ” を生じさせていることが明らかになります
第1部で必見なのは、よしりん師範が目の前の少年少女に向かって、「天皇」について説明してみせた瞬間です!!
天皇陛下の国民に対する想いや、日本が長い時間をかけて「権威」と「権力」を分けてきた歴史、そして権威を持つ「天皇」のさらに上には「カミ」がいるという統治システムが、どれほど国の秩序を維持させているのか
これは、皆さんが自分の子供に説明する際のヒントになると思いますよ!
今回の第2部の質疑応答でも、多くの方が手を挙げられました
時間に制限があるので、すべての方に当てることはできませんでしたが、いくつもの重要な問題を含んだ質問がされ、面白い方向に議論が展開していきました
「天皇」 と 「カミ」 の関係や日本人の信仰心についての話。高森師範の著書「10大天皇」の選考理由から高森師範が伝えたかったこと。
映画『英国王のスピーチ』と『SP革命篇』に観る日本人の国家観。
そして天皇陛下が決断される 「聖断」 の本当の意味合いや言葉の重み。
果ては 「天皇親政」 についてまで議論されました
天皇や皇室の必要性を頭では理解できても「敬愛」までには至れないでいるという率直な気持ちを吐露された方も数名おられました。
その話から、よしりん師範が天皇陛下と直にお話しするチャンスから逃げ出した「宮中茶会」について描いた『ゴー宣』を、もし天皇陛下が読まれたら、どう思われるだろうか?という話に展開していきました
それは「天皇」と「国民」の関係についての問題を含んでいて、第1部の冒頭に話された国旗・国歌の法制化の問題や、いわゆる「尊皇派」が生みだしている強ばりに繋がる重要な議論となりました。
最後に、よしりん師範が、「ゴー宣道場」がやっている議論には、毎回、連続性があるということを話しました
「天皇」の問題は、前回の「原発」の問題にも密接に関わっているのです
日本人が本来持っていたはずの、天皇に対する「畏れ多い」 という感覚は、天皇が敬っておられる“ カミ ” という存在と不可分です。
日本人にとって自然とは、豊かな恵みを与えてくれると同時に、時に暴虐に襲いかかってくる「畏れ」 の対象でした。そういった自然に対する畏れの感覚が、カミに対する信仰となってきた。
それが日本人の宗教心の原点です。
それなのに、大震災によって大変な状況になっているにも拘わらず、早くも 「原発再稼働」 と言ってしまえるところを見ると、日本人の自然に対する畏れの感覚など、もはやないのではないか?
人間の力で自然をコントロールできるという科学技術信仰に陥ったら、天皇に対する畏れや有難味など消えてしまうのではないか?
原発再稼働を唱える「自称保守派」は、一体何を保守しようと言うのか?
これは、今後の「ゴー宣道場」でも引き続き、考えていかなければならない問題です
「天皇」というテーマで議論する際、普通は堅苦しくなったり、強ばりが生まれたりするものですが、今回の「ゴー宣道場」は所々で笑いが起き(よしりん師範は何度か手を叩いて爆笑していました・・・)、ある門弟は「いつも以上に優しい空気が流れていると感じた」と話していました。
それも、師範始め参加者のほとんどが、知識だけを求めたり、自分の知識をひけらかすことが目的ではなく、等身大の範囲で話せる言葉を使っていたからではないでしょうか?
なお、よしりん師範に「天皇」について特別授業をしてもらった少年少女は、最後まで残って、設営隊のお手伝いを嬉しそうにして、帰っていきました
ニコニコ
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