時浦兼(トッキー)

神功皇后の胆力に驚嘆!神功皇后論『羽白熊鷲・愛郷心と恋心』感想ご紹介!【ネタバレあり!】

時浦兼(トッキー)

2026年1月21日 12:26

SPA!1月27日号掲載、
ゴーマニズム宣言『神功皇后論』最新回!
『羽白熊鷲・愛郷心と恋心』
感想をご紹介します!!

(ネタバレ含みます!
 未読で、まっさらの状態で読みたいと思っている人は直ちに閉じてください!)

前回のラストシーン。果たして熊鷲、ボンミナ、タブラツヒメの運命は?

【京都のSさん】
 ハリウッドやディズニーは従来の王子様に選ばれるヒロインではなく、主体的に動いて何事かを成し遂げていくヒロイン像を模索していますが、「神功皇后論」のタラシヒメ(息長帯姫)は、その数百歩ほど先を征くウシハクヒロインという次元の異なる境地に立っています。そして、これこそが日ノ本の伝統だったのだろうと思わせてくれます。それは決して日本的(左翼的)フェミニスト(実は従来の弱いヒロイン像に拘泥している)からは出てこない発想でしょう。
 タラシヒメは持てる能力(容姿・知略・胆力・呪力…)をフル稼働してタブラツヒメ(田油津媛:山門の土蜘蛛女王)や羽白熊鷲(筑紫の支配者)を圧倒し、計略に嵌めて追い詰め、後のクマソ攻略や三韓征伐への足掛かりを作っていきます。筑紫(愛郷心から)と山門(ボンミナを攫ったことの贖罪から)に命を捧げる覚悟の羽白熊鷲はヤマトによる筑紫支配の象徴として打ち取られ、熊鷲への恋慕から転じた復讐心に燃えるボンミナと母のタブラツヒメの前にヤマト軍が迫ってくる場面で終わりですか。引きが巧すぎでしょ、これ(笑)。
 それにしてもタラシヒメの態度は軍事大国の指導者としか思えなくなりました。習近平かプーチンかトランプかって感じです。羽白熊鷲の態度は戦後日本の指導者たちと重なりますが、さすがに高市早苗(イチ属国支配者の分際で隣国に宣戦布告)ほどの馬鹿者は劇中には出てこれませんね(笑)。

【mantokunさん】
今回は物語としての展開が悲しくて、ボンミナの「嫌だーっ」に涙が出ました。
「幸せだった」との言葉を残して熊鷲が落ちていく場面が淡々と描かれていたのも、いっそう切なさを誘います。熊鷲は最後にタラシヒメではなくボンミナの名前を呼ぶくらい彼女といた時間が幸せだったのだから、個人としての幸せを追求していれば死なずに済んだのに。

熊鷲はあまりに純真で善人すぎて、筑紫の一地方を治めるだけの領主としてなら申し分のない人物でしたが、はるかに強大な軍事力を持ち、領土的野心を持つ敵国の王に対して立ち向かうにはあまりに力不足でした。
いざヤマトの大軍を見るなり、巻き込まれるのはごめんだと峠タケルを見捨てて逃げた熊鷲でしたが、先祖伝来の大切な土地と民を守るため、国柄を蹂躙されるか否かの瀬戸際では己の命を懸けたところは、もののふとしての最期を遂げられたように思います。

図らずも、現代の大和国から出た女の大臣(オホマヘツキミ)は、張り付いたような笑顔で品を作って宗主国の男王に媚を売り、覚悟も実力も準備もないのに隣の軍事大国に喧嘩を売り、口先だけで民を丸め込んで砂上の楼閣を守ろうと必死になっていますが、「神功皇后論」のタラシヒメの気宇壮大な振る舞い、言動と見比べると何とみみっちく、みっともないことか。

タラシヒメが、大義のためなら躊躇なく敵を騙し討ちする冷徹さ、軍事侵攻も辞さない決断力を見せつけている様には、性別で役割を限定し、女性の活躍の場を狭めるようになる以前の、古代日本の大らかな空気感を感じ取ります。
オキナガタラシヒメは、軍事と祭祀を司り、まさに性別を越境した、王を超えた大王というべき存在だったのですね。