笹幸恵

世界大戦に「鵯越」はない!〜乾坤一擲が好きな日本人へ

笹幸恵

2026年1月19日 18:00

2月14日のゴー宣道場は「世界大戦は始まるか?」がテーマ。
「戦争と日本人」について思うところをつらつら書いてみたい。
その②は、「乾坤一擲が大好きな日本人」について。

戦記をひもとくと、乾坤一擲の勝負というときに、こんなやりとりが出てくる。

「いよいよやるぞ」
「現代の鵯越(ひよどりごえ)だ」
そう兵士たちが言い合って志気を高める。

鵯越とは、源平合戦で源義経が平家を奇襲した際の急斜面のことだ。まさかここからは攻めてこないだろうと思われていた急坂を、義経が一気に駆け下りて勝利したという伝説である(鵯越の坂落とし)。

もともと歴史が好きではなかった私は、戦記を通して「鵯越の坂落とし」を知ったくらいだ。

日本人は、ドラマチックな奇襲が好きである。

乾坤一擲に血湧き肉躍る民族だと私は勝手に思っている。

鵯越もそうだし、日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷艦隊の「T字戦法」もそうだ。私自身、「皇国ノ興廃此ノ一戦二在リ 各員一層奮励努力セヨ」とZ旗を掲げるなんてエピソードは、いつ聞いてもシビれる。

真珠湾攻撃もまた、世界中の誰も想像していなかった奇襲中の奇襲。

ほとんど不可能と思われていたガダルカナルとキスカの撤退作戦は、二つとも「ケ号作戦」といわれているが、これも「乾坤一擲」の「け」を取ったものだと後世に伝わっている(真偽のほどは定かではない)。

注意しなければならないのは、そうして乾坤一擲の勝負で目的を達成することと、国力として「強い」ことはイコールではない、という点だ。

そもそも奇襲自体、兵力差がある場合の弱者の戦法だ。

乾坤一擲とは、のるかそるかの勝負で、負けた場合は「やっぱりね」とばかり後世の史実としては記録されない。

劣勢の中で運命をかけて挑み、勝利をおさめる。そうした事象だけが後世、人口に膾炙するというだけの話。

わかっていても、人々は自分にゲタを履かせたがる。
乾坤一擲に希望を見出そうとする。
いつしかそれは希望的観測から楽観的予測に変わり、「強い日本」という観念を生み出す。
これが肥大化するともはや信仰となり、「いざというとき日本にはカミカゼが吹く」と信じて疑わなくなる。

戦後の日本は「日米同盟の強化」をひたすら謳い続け、米国の子分になりさがった。

自主独立の気概もないのに「強い日本」という観念だけがここ最近になって一人歩きし、本当はアメリカ様の言いなりなのに強くなったような気がして、深い考えもなく強気の発言をする。

ウクライナを侵攻したロシアは、日本の隣国である。
尖閣諸島沖に領海侵入し、空自機にレーダー照射する中国も、日本の隣国である。
昨年4月〜12月までのスクランブルは448回、そのうち約7割が中国、約3割がロシア。
一方の米国は中南米どころかグリーンランドまで手に入れようとしている。

このまま米国に追随していていいのか?
NOでもYESでも、その場合、周辺諸国とどう向き合うのか?
難しいことは考えられないからといって、「いざやれば勝てる」などという乾坤一擲幻想に浸ってはいないか?

日本に今必要なのは、世界情勢をリアリスティックに見る視点である。
日本の国力を冷徹に見極める視点である。

世界大戦に「鵯越」はない。