小林よしのり

また天皇を議論する必要が出てきた

小林よしのり

ゴー宣道場・公論イベント
2015年 10月 5日


マイナンバー制度と聞くと、なんとなく嫌になるわしです。

普段から世の中の嫌な面ばかり見えてきて、元気が出なくなる

のですが、今のところ「ゴー宣道場」だけは元気になります。

 

議論ができるって面白いし、師範一人一人が何言うか楽しみで、

最近は、笹さん、泉美さんが、かなり脳内のシナプスが繋がって

きたなというのが感じられ、そうなると独自の体験もあるから、

思想と体験が接合されて、説得力のある発言が増してきます。

その変化を見るのも楽しい。

 

わし自身が「ゴー宣道場」の議論の中で、参加者の質疑応答も

含めて、ずいぶん勉強しているので、全体を俯瞰してどんな

意見が必要かが直感的に分かるようになってきており、それが

テレビの討論番組や、他の場所での討論でも応用が効くように

なってきました。

 

最近、「朝ナマ」に出て、やっぱり日本人は「天皇」の必要性を

感情でなく、機能としてわかってないなと感じる場面があります。

「ありがたい」とか、「畏れ多い」とかの情緒論で「天皇」を

語ると、「宗教」と感じるので、伝わりません。

 

もちろん「宗教」とは何かという論理も含めて、最近わしは、

「天皇」をいかに理知的に語るかということが気になっています。

シールズの奥田君の父親も「反天皇」だと週刊新潮に載って

いましたが、高森氏によるとプロテスタント系は「反天皇」が

多いらしい。

 

となると、一神教の国における民主主義の観念と、八百万の神

の国における民主主義の観念は、違ってしまうのは当然では

ないか?

この辺からの推測もあり、12月か1月か、また近いうちに

「天皇」を議論してみたいと考えています。

そのときは情緒を抜きにした「天皇論」を語ってみたい。

 

関西版「ゴー宣道場」ですが、明日、ライジングを配信したら、

参加募集の告知を出します。