高森明勅

坂口安吾を知っているか?

高森明勅

2017年 12月 27日

漫画家の小林よしのり氏が来年1月下旬に
刊行される新作のタイト
ルが『新堕落論』だという。

そこで、ふと思った。

私が日頃、接する若者らのうち、
果たして何人くらいが坂口安吾の「堕落論」
(初出は昭和21年4月)を実際に読んでいるだろうか、と。

まさか坂口安吾という名前すら知らないとは思わない。

しかし、「堕落論」という
作品自体は知らない可能性も、
なきにしもあらず。

意外と読んでいない人が多いのではないか。

念の為に、その一節を紹介しておく。

「人間。
戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって
向かうにしても人間自
体をどうなしうるものでもない。
戦争は終わった。
特攻隊の勇士はすでに闇屋(やみや)となり、
未亡人はすでに新たな面影によって
胸をふくらませているではない
か。
人間は変わりはしない。
ただ人間へ戻ってきたのだ。
人間は堕落する。
義士も聖女も堕落する。
それを防ぐことはできないし、
防ぐことによって人を救うことはできない。
人間は生き、
人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。
人間だから堕ちるのであり、
生きているから堕ちるだけだ」
(「
堕落論」)

「私は堕落せよと叫んでいるが、
実際の意味はあべこべであり、
現在の日本が、そして日本的思考が、
現に大いなる堕落に沈淪(
ちんりん)
しているのであって、
我々はかかる封建遺制のカラクリにみちた
『健全なる道義』
から転落し、
裸となって真実の大地に降り立たなければならない。
我々は『健全なる道義』から堕落することによって、
真実の人間に復帰しなければならない」
(「続堕落論」
初出は昭和21年12月)

安吾が丸目メガネをかけて、
本やゴミが散乱した部屋で、
机に向かって執筆している写真も、
目にしたことがないという人はかなりいるのではないか。