小林よしのり

『新・堕落論』は折り返し地点である

小林よしのり

日々の出来事
2018年2月9日 14:32


わしはもう悟ってしまったのだが、誰も文学なんか読んで

ないし、教養が断絶してしまっている。

 

それどころか「マトリックス」程度の映画も見てないし、

あの映画の実存の突き詰め方を分かっている者もほとんど

いない。

 

文学にせよ、哲学にせよ、映画にせよ、漫画にせよ、

古典となる価値のある作品が継承されなくなっているから、

教養の断絶である。

 

感情の劣化も教養の断絶から起こっているし、人文学部は

要らないという流れも、それを平然と言える大人が出てきた

からだ。

 

人間はこの先、ますます脊髄反射だけで生きるようになるの

だろうし、人間の進化は終わっているのだ。

トカトントンは連打されて止まない。

 

『ゴー宣』シリーズも『新・堕落論』が限界であって、

今後はとことん易しく描いていかなければならない。

折り返し地点を今、回ったところだ。

 

その意味で『よしりん辻説法』は良いヒントになった。

もっと理詰めを破壊して、感覚だけで描いていくように

工夫しなければならない。

 

その意味では「小説幻冬」で始める『おぼっちゃまくん』は

良き訓練になる。

 

「立憲的改憲」は国民のための最期の戦いになるだろうし、

これが失敗したら、その先は自分のための快楽のみで

生きるしかない。

トカトントンはわしのBGMになるだろう。