高森明勅

大嘗祭研究の反省

高森明勅

皇室・皇統問題
2019年2月7日 17:26
昭和から平成への御代替わりの際、
大嘗祭の核心は「天皇霊」継承の秘儀にあるという

誤った説が、当時はそれなりに流布していた。

 

しかし、平成の大嘗祭の斎行に先立って、

実証的に否定された(岡田荘司氏の研究など)。

 

これは大嘗祭への誤解を解消する大きな貢献だった。

 

一方、ならば大嘗祭が皇位継承儀礼として
執り行われなければならない理由はそもそも何か、
という最も根源的な問い掛けに対する明快かつ

包括的な回答は、殆ど無かった。

 

手前味噌ながら、
私の研究(拙著『天皇と民の大嘗祭』など)が稀有な例外か。

そうした状況は、次の大嘗祭を今年の11月に控えた今も、
残念ながら基本的に変わっていないように見える。

新しい天皇のご即位に当たり、
毎年恒例の新嘗祭“ではなく”、手間も経費もかかる大嘗祭を、
ことさら行わなければならない理由は一体何か。

剣璽等承継の儀、即位の礼の他に、
どうして大嘗祭をわざわざ別に行う必要があるのか。

新嘗祭とは違う、大嘗祭“のみ”が持つ
皇位継承儀礼としての意味と、
剣璽等承継の儀や即位の礼だけではカバー出来ない、
同祭“固有”の意義とは何か。

これらの根本的な問いと、
真正面から対峙しようとしない大嘗祭研究は、
遂にその本質に迫る事が出来ないだろう。