高森明勅

神保町で見つけた、ちばてつや氏の『わたしの金子みすゞ』

高森明勅

日々の出来事
2021年 4月 15日

神保町の古書店街の外れ。
集英社近くの、靖国通りから裏側に入った道沿いに、
小さな古本屋がポツンとある。
この店にほぼ月に1度は訪れる。
毎月、その近くに用事があるので、そのついで。

店の名前は「手文庫」。
改めて言うまでもなく、“手文庫”というのは、手近に置いて
文具や手紙などを入れておく小箱だ。
こんな店名にも、店主の奥ゆかしさが伝わってくる。

店主はやや年配の上品なご婦人。
以前、倉敷の美観地区の端っこ方にある「虫(虫×3)文庫」
という古本屋を紹介したが、何か共通した空気がある
(どちらも店名に“文庫”があるのも、面白い偶然)。
狭い店内は、店名通り文庫本が主体ながら、貴重な文庫も少なくない。

私の興味で言えば、石田英一郎『文化人類学ノート』
(昭和30年、河出文庫特装版)とか。
詩集のコーナーも充実している。
ひょっとしたら店主ご自身、詩人なのかも、
などと勝手に妄想したり。
殆ど毎月、この本屋で何か買っているような気がする。

4月は、漫画家・ちばてつや氏(『あしたのジョー』などの作者)
の『わたしの金子みすゞ』(平成14年、メディアファクトリー)
を手に入れた。
ちば氏は漫画家として40年余り走り続けて、仕事に一区切りつけた後に、
金子みすゞの作品と出会われたとか。

この本は、ちば氏が好きな金子作品を選び、
その作品から喚起されたイメージをちば氏自身がカラーの
イラストにされ、更に作品への感想も書き込んでおられる。
贅沢な企画だろう。

イラストは残念ながら紹介できないものの、
金子作品とちば氏の感想を、1つだけ、ここに掲げよう。

大漁(たいりょう)

朝焼(あさやけ)小焼(こやけ)だ。
大漁だ。
大羽鰮(おおばいわし)の
大漁だ。

濱(はま)は祭(まつ)りの
やうだけど
海のなかでは
何萬(なんまん)の
鰮のとむらひ
するだらう。

「どうして、みすゞさんはこういうことが考えられるのかな。
こんな大漁の光景を見たら、普通は『わあ、すごいな』
『よかったな』としか思わないよね。
本当にすごい人です。
食べ物のあふれている時代だからこそ、
僕たちはこの詩の心を大切にしなければならないと心から思う。
僕はイワシが大好きで、骨も残さずに全部食べるようにしています。
それが僕流のイワシに対する『とむらひ』なんです」

26歳で自殺した天才詩人の作品に触れ、還暦を過ぎた
(やはり天才)漫画家が、心の底からの敬意と共感を込めて、
「みすゞお姉さんとてっちゃんの絵日記」(ちば氏)
として書き上げた作品。
書名すら知らなかったけれど、こうした未知の佳作を
見つけられるのも、古本屋の魅力だ。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/