今週のライジングの連載は「妊娠・出産~最後に現実を引き受ける身体」というテーマで書いた。
視点の入れ方や、感情の置き方、言葉の使い方にかなり悩んでから書いてみた原稿だったので、「共感した」「刺さった」「効いた」と書いてくれている人が何人かいて、少し安心した。
「女性の体は、毎月の生理も出産も経験するから、痛みに強くて丈夫で、我慢強い」
こういう感じのセリフが時々聞こえてくる。
男性が、自身の脆さと比較して言うこともあれば、
女性が、何かに耐えてきた経験を誇って言うこと、耐えなければならない自分を鼓舞するために言うこと、あるいは同じ女性に耐えさえるため、励ますために言うこともあると思う。
だけど、その女性の「丈夫さ」「気丈さ」「我慢強さ」というものに、当り前のように無理な重圧を乗せて、しわ寄せにしわ寄せを重ねてきた結果が、今、歪んだ社会現象として表れているのではないかとも思う。そこが伝われば幸いだ。
「苦痛に耐えたからこそ、わが子への愛情が生まれるんだ」という言説もまちがってると思う。
昭和~平成初期のお涙頂戴ドラマで、「お腹を痛めて産んだ子を、かわいくないと思うはずがない」というセリフがよく使われていたから、刷り込まれて誤変換されただけだろう。
実際には出産の痛みなんてさっさと忘れるほど、息つく暇なく赤ちゃんを抱えた激動の日々が続くのだし、出産しなくても、わが子に強い愛情を抱く父親は大勢いる。引き取った養子を、わが子として愛情深く育てる夫婦もいる。
ほかにも、一度掘り起こしておくべき「無意識」というものがあると思うので、難しいテーマなのだけど、まとまれば書いていきたい。