高森明勅

右も左も…

高森明勅

2015年11月4日 01:23

日本共産党のポスターが2枚。

1枚には「憲法9条を壊すな!」。

もう1枚には「アメリカの言いなり、もうやめよう!」と。

???

共産党に限らず左翼・リベラルは、9条を守ることで、
日本がアメリカの軍事戦略に巻き込まれるのを避けられる、
と懸命に思い込もうとしている。

だが客観的に言って、それは逆。

わが国のアメリカへの軍事的な依存は、
9条の“縛り”
によって自主防衛が出来ない為に、
結果として固定化されているのだ。

今回の安保関連法の制定でも、その構図が露呈した。

個別的自衛権も満足に行使できないまま、
アメリカに見捨てられないように、集団的自衛権の「部分的」行使
とか。

だから9条を守れば、「アメリカの言いなり」になり続けるしかない。

それが嫌なら、9条を改正する以外ない。

保守は保守で、9条を改正しても、
アメリカに何処までも付いて行くつもり。

一体、何の為の憲法改正か。

憲法は元々、敗戦の結果、その敗戦状態を永続化させる為に、
アメリカによって押し付けられたもの。

本来は、戦勝国グラブの国連憲章、国連軍とリンクしてこそ、
まともに機能するはずだった。

だが、冷戦の浮上で国連が機能しなくなったので、
日米安保条約
でカバー。

その結果、憲法ー安保のセットで機能することに
ポツダム体制からサンフランシスコ体制へ)。

但し、根底のイデオロギーは戦勝国史観(東京裁判史観)
一貫している。

この東京裁判史観に立脚した「憲法ー安保」体制が続く限り、
被占領の延長としての“戦後”は終わらない。

村山ー安倍談話は勿論、東京裁判史観継承の“誓約書”。

憲法を守りたいなら、安保も一緒。

憲法を改正するなら当然、日米安保条約(および地位協定)も
見直す必要がある。

そういう当たり前の議論がなぜ出来ない?

やはり、民主主義が国会の中にも外にも“ない”からか。