高森明勅

勅使の中断はない

高森明勅

2015年9月25日 08:36

国際法学者で東京大学名誉教授の大沼保昭氏の
『「歴史認識」
とは何か』(中公新書)。

リベラル系としては極力、フェアであろうと努めた
良心的な著作だろう。

私とは思想的、政治的なスタンスが違っても、
誠実な姿勢に共感できる。

比較的良質な市民運動家の内面を覗かせる箇所もあって、
興味深い。

但し、慎重に編集された本でも、誤った記述が混じるのは
やむを得ない。

私が気づいたのは、例えば次の一文。

天皇も1978年までは勅使による代拝をおこなっていたのですが
『A級戦犯』合祀後の79年から取りやめています」(
87ページ)。

ここでの「天皇」とは勿論、昭和天皇。

勅使ご差遣の対象は、これも文脈上明らかなように、靖国神社。

まず、勅使を差派される場合は「代拝」ではなく、
奉幣(
ほうべい。陛下の思し召しにより、ご幣物を献じる)。

次に、昭和53年のいわゆる「A級戦犯」合祀によって、
勅使のご差遣が「取りやめ」られたという事実はない。

現に、今も春秋の例大祭には必ず勅使のご参向を仰いでいる。

ケアレスミスは誰しも避け難い。

しかし、どうしてこのような重大な誤認が生まれたのか。

その経緯に関心が向く。