高森明勅

「生前退位」という言葉

高森明勅

2016年 7月 29日

大阪大学名誉教授の加地伸行氏が「生前退位」という言葉に
噛みついて”おられる。

「『生前』は不要な語である。なぜなら、退位という行為は、
崩御以前のことに決まっているからである」
と。

これはその通り。

“生前”だからこそ“退位”できる。

退位は生前に決まっている。

『日本書紀』に第26代、継体天皇が次の安閑天皇に皇位を
譲られて、“その日”
に亡くなられたという記事がある。

これも勿論、ご生前のご退位だ(但し記事に混乱があり史実性は
吟味を要する)

「生前退位」は典型的な重複表現。

本来、わざわざ「生前」を付ける必要はない。

でも一般の人々にとって、親切な表現であることも確か。

これまで“崩御”による皇位の継承しか知らなかった人々に、
それとは違う、
陛下の“ご生前”に皇位を退かれる形もあり得ると、
すぐにピンと来るように伝える為には、「退位」だけでは
ぶっきらぼうで、やや不親切。

そう思って、敢えて「生前」を付け加えたのだろう。

実際、多くの人々はこの語によって、天皇陛下のご意向が尋常でない
事実を、
瞬時に悟ることが出来たはず。

現在の皇室典範が帝国議会(国会ではない!)で審議された時に、
昭和21年11月の
初め頃、法制局が作成した
「皇室典範案に関する想定問答」に、
既にこの語が使用されている。

その問40に「天皇生前の退位を認めない理由如何(いかん)」と
あり、
それへの回答に「天皇の生前退位を認めることは…」と
出てくる。

加地氏が「いったい誰がこの語を付したのであろうか。
その者の無知は、不敬極まりない」とまで罵倒されるのは、
些か行き過ぎではあるまいか

(加地氏に「お前が言うか!」と突っ込む人がいるかどうかは、
知らない)。