笹幸恵

若者とニヒリズム

笹幸恵

日々の出来事
2018年 7月 13日
10年ほど前、ある女性が発展途上国で起業し、
がむしゃらに突き進んでいく「泣き笑い体験記」を
読んだことがある。
私も無鉄砲に南方のジャングルばかり行っていたけれど、
正直なところ「彼女には負けた」と思った。
でも、すがすがしい読後感だった。
その本を今の20歳前後の若者に読んでもらった。
そしたら予想外の反応が。


「イライラする」
「彼女はまわりが見えていない」
「こんな危険なことをするなんて、
私の友人だったら絶対にやめろと言う」
「がんばっている感がいや」
「理解できない」
さらには、
「こんな努力家の彼女にこそ、『つらいときは
逃げてもいい』と言ってもらいたい。そうしたら
救われる人はたくさんいると思う」
という要望まで。


みんな、のびのびと日々を満喫しているように
傍からは見えるのだけど、どこか鬱屈した気分が
あるのだろうか。
思い通りにならない自分、何者かわからない自分、
それに葛藤する時期はあると思うし、だからこそ
彼女が一つの指針になればと思ったのだけど、
拒否反応を示す若者が大多数という現実に驚愕した。


ある女子学生の言。


「いや、彼女ががんばっているのはわかるよ!?
もうちょっと若い頃なら納得できたかもしれないけど、
大人になってくるとさ、世の中ってそんな、
自分ひとりで何か変えられるわけでもないのが
わかってくるし。だから共感できないんだよね」

・・・それは「大人になった」のではなくて、
ニヒリズムに過ぎないということを言いたかったけど、
「ニヒリズム」を理解してもらえるかどうか
わからなかったので・・・

言うのをやめました。