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角栄生きる(祥伝社/コミック)第2巻

昭和47年7月、田中角栄が内閣総理大臣の座を射止めたその日、九州博多は玄界灘、荒れ狂う波に浮かぶ船上で生を受け、その稀代の政治家にあやかって名付けられた少年・中田角栄。かつて政治の世界に出る野望を捨てた挫折感から「おまえこそは天下を取るんだっ!」と叫ぶ父の言葉に衝撃を受けた11歳の角栄は、「天下を取る」ことを最大の目標に、まずは学級委員長選挙に挑む!権力欲をむき出しにし、スキャンダルの捏造から徹底的な買収工作まで、自分がのしあがるためならどんな汚い手段も厭わない!!常識破りの行動力と、ただならぬ情念で暴れ回る角栄、果たして「天下取り」は叶うのか!?ギャグ漫画の枠を飛び越えた、シビアなストーリー展開に思わず泣かされる傑作。

 

 

2巻(198412月発行)

第1話                        父ちゃんを救え!!

第2話                        告訴せず

第3話                        父と母 どっちが得か!?

第4話                        別れの玄界灘

第5話                        “角栄軍団”VS“()(くら)連合”

第6話                        恋する角栄

第7話                        女っていったい何なんだ!?

第8話                        死倉総統登場!!

YOSHINORI VOICE

 

「『角栄生きる』天下を取る男」(byよしりん企画・トッキー)

 

『角栄生きる』は1983年10月号から85年10月号まで、「コミック・ノストラダムス」及び同誌を引き継いだ「マガジン・ノン」に連載され、単行本全3巻が刊行されました。

「コミック・ノストラダムス」……そういう漫画誌があったのです。五島勉著『ノストラダムスの大予言』シリーズで大ブームを巻き起こした祥伝社が発行していました。

『小林よしのりのゴーマンガ大事典』(幻冬舎文庫)のよしりん本人の解説によると、書店で「コミック・ノストラダムス」という雑誌を見かけて馬鹿にしまくっていたのに、よりによってその雑誌から依頼が来て、結局口説き落とされてしまったとか。

 

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 この漫画の主人公の名は中田角栄。昭和47年(1972)7月6日、田中角栄が内閣総理大臣の座を射止めたその日に生を受け、その稀代の政治家の名にあやかって「角栄」と名付けられた少年です。

 「田中角栄」といっても、もう若い世代は「眞紀子の父」あるいは「まぁこのぉ~!」のダミ声のモノマネ程度しか知らない人が大半でしょうから、「稀代の政治家」と言ってもピンと来ないかもしれません。

 田中角栄は大正7年(1918)生まれ、事業の失敗で極貧となった家庭に育ち、学歴もないまま身を興し、内閣総理大臣まで上り詰めた人物です。その政治家としての評価は、没後20年を越えた今なお毀誉褒貶相半ばしていますが、裸一貫で立身出世を遂げたその人物像は、いまどきの世襲やらナントカ塾出身やらの小粒でひ弱な政治家たちとは、比べ物にならないほどにスケールが大きく魅力的だったということだけは、誰にも否定できないでしょう。

 

 この漫画が描かれた1983年は、田中角栄が受託収賄を行ったとされるロッキード事件の一審裁判で有罪判決が出て、田中への大バッシングが再燃。同年12月に行われた総選挙は自民党が大敗を喫しましたが、一方で田中自身は22万票の圧倒的支持を集めて当選しました。

 全国的には大バッシングを受けながら、地元では圧勝ということ自体が、この人物の底知れなさの表れともいえますが、よしりん先生はその人物の本質を「中田角栄」というキャラクターを通して描き出そうと挑んだのです。

 

 主人公中田角栄の父・鬼介はかつて政治の世界を目指しながら、これから一旗上げようという時に、角栄を身ごもった妻・栄子から「政治か…私か…どちらか一つを選んでください」と迫られ、迷った末に妻をとり、一緒に福岡へ帰ります。

 しかしそのことによる挫折感を抱え続け、生活は荒み、角栄に対して

「おまえこそはわしの前轍を踏むんじゃないっ! 天下を取るんだっ! けっしてくだらんものに心をうばわれるんじゃないっ! 天下を取るんだぞーっ」

 と叫ぶのでした。

 

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 その言葉を魂に刻んだ11歳・小学5年生の角栄は、「天下を取る」ことを最大の目標に、権力欲をむき出しにして学級委員長選挙に臨みます。

 しかし、現職の学級委員長・岩城一馬は顔もスタイルも頭も性格もいい典型的な優等生で、学級内の人気も圧倒的で、角栄には全く勝ち目がありません。

 

 角栄は同級生・金田札平、通称・お札つぁんと友情を結び、立候補者とたった一人の支持者、二人だけで戦いを挑んでいきます。

 札平は有名大企業・金田商事の一人息子で、お小遣いはほとんど際限なくもらっているようで、何でもかんでもお金で解決しようとする子供です。

 角栄は情に厚い一面がある一方で、エゴイストで猜疑心が強く、札平を「金づる」として利用し続けた上に、札平が自分を裏切るのではないかと疑ったりもします。しかし札平はそんな角栄に献身的に尽し続けるのです。

 この二人、『東大一直線』東大通多分田吾作のコンビにも少し似ていますが、こちらの方がずっと主従関係が強い間柄になっています。

 

 角栄と札平は岩城を蹴落とすために、スキャンダルの捏造から徹底的な買収工作まで、なりふり構わぬ手段をとります。

 常識的に考えれば、決して褒められたことをやっているわけじゃないのに、どういうわけだか読んでるうちに、いつの間にか角栄のキャラクターに感情移入してきて、つい応援したくなってしまうところが、この作品の肝です。

 欲望の塊で、自分がのし上がるためならどんな汚い手段も厭わない角栄を、なぜ応援したくなってしまうのか。それは、角栄の情念ゆえでしょう。

何も持たないところから、「天下を取る!」の一念だけで、泥にまみれても這い上がろうとする角栄。極めて強気でごーまんにふるまってはいるのですが、実はその内心はかなり傷つきやすい一面があります。そこを乗り越え、涙をふりしぼって立ち上がっていく、極めてウエットで、土着的で、日本的な情念。日本人ならついほだされてしまうお涙ちょうだいの情感を、中田角栄はイヤと言うほど見せつけてくるのです。

 そして、これこそが実在の田中角栄という人物の本質だと、よしりん先生は見抜いていたわけです。

 

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 それにしても、『角栄生きる』は田中角栄が行っていたようなドロドロの選挙戦を「学級委員長選挙」に戯画化して表現しているわけですが、その後「クリーンな政治・クリーンな選挙」が唱えられ続けて30年近くを経た今、改めてこの作品を読むと、現実に行われている国政選挙の方がまるで「学級委員長選挙」みたいだと思ってしまいます。それも政治家が小粒に見える原因なんでしょうか?

 

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 この物語のトリックスター的役割となっているのが角栄の父・鬼介で、これが実に強烈なキャラクターです。

 昔、政治の世界に出る野望を取るか、女を取るかと悩み、その結果女を選び、一子角栄をもうけたものの、野望を捨てた挫折感から立ち直れず「これからもわしは一生女をとりつづける!」と他の女と遊び続け、妻子のいる家に戻って来るのは金をせびりに来る時だけ。その金が少ないと、平気で手を挙げる……という、どうしようもない男なのです。

 しかもその挙句、走行中の乗用車でカーセックスしていて事故を起こし、同乗していた女子大生を死なせてしまうという、およそギャグ漫画とは思えない展開を見せます。

 死んだ女子大生の親は鬼介を「人殺し!」と罵り、告訴します。賠償金1億円と刑務所行きが免れない状況となってしまった鬼介は酒びたりになりながら、なおも角栄に対して

「賠償金1億を背負って破滅寸前の父を…お前は救えるかっ!?

角栄…わしが今まで女と遊び、酒を飲み、金を使いまくり、馬鹿をやっていたのも…すべておまえに試練を与えるためなのだっ! さあこのわしを救ってみろ!」

 とデタラメなことを叫び、果ては自殺を図ろうとします。

 そんな父を角栄は怒鳴りつけます。

「この狂言ざたはなんだーーーーーっ! わしの父のエピソードにしてはせこすぎる! わしが救ってやるっ! あんたは黙って自宅謹慎しとりゃええがな」

 そして、角栄は被害者の父親の弱みを握り、それを利用して告訴を取り下げさせてしまうのです。

 

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 こんな大事件を経験しても一向に生活態度を改めようとしない鬼介を見て、角栄の母・栄子は、これでは角栄の将来のためにならないと、ついに離婚を決意します。それに対して鬼介は、離婚しても角栄だけは手放さないと言い出します。さあ角栄は父を選ぶのか、母を選ぶのか。

 角栄は、優しいが厳しい母よりも、放任主義で遊び好きな父の方を選びます。

 息子に選ばれて得意げだった父ですが、授業参観にでかけ、学級委員長としてふるまう角栄の姿を見て覚ります。このあくどさ、このごーまんさ、この身勝手さは、全て自分を上回っている。確かに大物には違いないが、このままでは大悪党になるのがオチだ。自分と一緒にいたら、この子は間違いなくダメになる。この子に必要なのは、母親なのだと…。

 ここまで奔放に身勝手に生きてきた鬼介が自ら身を引き、角栄を栄子に預けて去っていくところは、全編屈指の泣ける名場面です。

 それにしても、こんなシビアなストーリー展開を見せるギャグ漫画って、他に見たことがありません。

 『角栄生きる』はこれをクライマックスとして第1部を終了し、第2部は高校生となった角栄の姿を描く第2部「青春編」となります。

 

 第2部で「玄海高校」に入学した角栄は「角栄軍団」を結成し、玄海高校の天下を取ろうとします。

 しかし「軍団」といっても総員わずか4人。

 大将の角栄と、小学時代以来の子分・金田札平、あとは同時期の作品『異能戦士』の「異能ただおる」と「異能強情」に似たキャラ。ここでの「ただおる」は本当にただおるだけで、一切何もしません。

 しかも、普通に番の張りあいをして、ケンカで勝負をするようなことはしません。なぜなら、ケンカには弱いからです。

「この中田角栄、腕力でつかめるような権力は必要ない。わしにはわしのやり方があるわい」

 

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 そんな角栄ですが、3人の団員を引き連れて、肩で風切って闊歩するデカイ態度に、玄海高校の番長グループを率いる番長・広井も角栄をなぜだか大物と認め、一目置いていました。

 

 角栄は高校で天下を取り、卒業後は上京し、政治家になる勉強をして、いつの日か「角栄軍団」の旗を立てて国会議事堂に乱入してやるんだと、野望を語ります。それを聞いた母親は、こう言うのでした。

「好きなようになさい! 思うとおりになさい! 母さんも年をとったからねえ…… おまえにそう言ってやれるようになったけど… 若い頃は父さんを… あの頃は… 愛は束縛だと信じて父さんの夢を摘んだ… 若かったからねえ…」

 

 そんな中、玄海高校を「死倉連合」という一団が狙っていました。

 死倉連合は北九州を本拠に傘下校40校、兵員4800人を従え、暴走族まがいの集団を「暴力装置」として抱え、豊富な資金力を背景に福岡地区の制圧を目指しています。

 その総裁の名は死倉知也。政界の黒幕の息子であり、政治の英才教育の実践として、力の政治によって北九州地区一帯の高校を独裁下に置くべく、まずは玄海高校を支配下に収め、福岡市西部を統率する拠点にしようと目論んでいたのでした。

 その先兵として送りこまれた暴力集団によって、番長グループは壊滅。しかし、倒された番長は

「オレを倒したからといって…玄海高校を手に入れたなどと思わんことだ…玄海高にはまだ……角栄がおる! 中田角栄がっ……」

 と叫ぶのでした。

 

 番長から後を託された角栄。死倉連合が進駐軍として玄海高校に乗り込んで来るという事態を前に、札平から「どうするつもりね角栄くん」と尋ねられて言うことが…

「わしは暴力は好かん! なぜなら…痛いからだ! わしは極端に痛みに弱い男やし…自分より弱い奴としか戦わん主義じゃ! 男は主義を曲げたらいかん」

 そこで札平が「わかった! 角栄くん ぼくも死倉連合には逆らわずに子分になろうと思ってたんよね」と言うと、

「でもわしはえばりたい!!

 人にペコペコしてたまるかこのやろーーーーー!」

 で、どうするのかというと、

「けんかはせん! でもだれよりもえばる!」

 札平が「そんなことができるとね?」と尋ねると、

「しらん」「けどする!」「男は主義を曲げたらいかん!!」

 

 そんな角栄が惚れ込んでいる、同じ学校に通う少女・美田寛子。京都弁で清楚な雰囲気を持ちながら、その一方で「簡単に誰にでもやらせる」というウワサがある、謎めいた美少女でした。

 惚れた弱みで、そんなウワサは信じないと寛子にアタックをかける角栄。何となくいい雰囲気でデートすることになり、「やっぱりあんなウワサはデタラメばい」と思いかけたのですが、寛子はふと足を止めます。そこは、ラブホテルの前でした。

「角栄くん……あたしを抱きたい?

 あたし角栄くんとならここに入ってもええんよ

 あの番長の広井でさえ一目置いてる角栄くんですもの…

 死倉連合がのりこんできた時角栄くんなら私を守ってくれるんでしょ?」

 角栄はその言葉に衝撃を受け、走り去っていきます。

 

 そしていよいよ死倉連合が玄海高校に乗り込んできます。

 いきなり狙われた角栄は寛子に助けられるのですが、その直後、またもや角栄の純情を粉砕するような事態が起き、角栄の心は千々に乱れていくのでした。

 

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 それからついに玄海高校に総統・死倉知也自らが転校してきて、この高校を支配すると宣言します。

 それなのに角栄は寛子のことだけで頭がいっぱい、完全な腑抜け状態。しかしある時、校舎裏で寛子が死倉に何やら詰め寄っているところを目撃します。

「あんたなんか…死んだらえーのや」となじる寛子。しかし死倉は冷酷な薄笑いを浮かべ、寛子にビンタを張ります。駆け寄った角栄に寛子は

「角栄くんおねがい!! あいつを あいつを…

 あいつを殺してーーーーーーーっ」

 と泣きつくのでした。

 死倉と寛子の間に、果たして何があったのか!? それが物語後半の重大な鍵となっていきます。

 

 死倉知也は誰もが思い描いていた「悪の独裁者」のイメージとは全く異なる、イケメンでスマートなエリートでした。しかし、その奥底には残忍、冷酷で非情な心を持っており、次第に本性を現し始めます。楯つく者には一切の情け容赦をかけずに瀕死の重傷を負わせ、一方で頻繁に校内集会を開催し、死倉連合に忠誠を誓う限りにおいて、平穏な学生生活を保障すると生徒たちをじわじわ洗脳しにかかるのでした。

 

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 ケンカに弱く臆病者の角栄が、この暴力と恐怖による支配に、如何にして立ち向かうのか?

 その武器は、角栄のキャラクターそのものでした。

 非力で小心であるにもかかわらず、いざという時に、小便をもらしながらも見せた怒号! まさに怒髪天、その一吠えに思わずたじろいでしまった死倉連合。角栄なら、何かやってくれるという期待がいやが上にも高まっていき、その下に、死倉連合の侵略を阻止せんという志を持つ他校のグループが共闘を申し出て、角栄軍団は一大勢力へと成長していくのでした。

 

 角栄軍団は演劇部を本拠地に、生徒たちの反死倉感情に火をつける「闘争劇」を公演、一度は大成功を収めるのですが、二度目は観客席を死倉シンパに乗っ取られ、一敗地にまみれます。しかもそればかりか、角栄は舞台上で寛子を死倉に奪われるという、大惨敗を喫してしまうのです。

 すっかり魂の抜け殻のようになってしまった角栄を、母・栄子は叱咤します。

「やっぱり父さんの子ね……父さんもそうだった……あんたの父さんは自分の夢を捨てて……わたしを……女なんかを選んじゃったからダメになったのよ! あなたはそれを目のあたりに見てきたはずじゃない!」

 そして、最終的に角栄を立ち直らせたのは、ずっと角栄の影を務め、今後もその役割を自ら引き受けようとする札平の渾身の叫びでした。

 札平が角栄を支えるのはいつしか信念となっており、キャラの顔つきも変わっていきます。そんな札平は、なぜ角栄のエゴに利用される役割をあえて引き受け、犠牲になることも厭わないのかを激白します。このシーンがまた、本当に泣けます!

 

 復活した角栄は、死倉連合への反転攻勢をかけます。角栄は死倉連合の構成員の身上を調べ上げ、個々人の弱みをつかみ、巧みに「情」に訴えかけ、さりげなく恩を売り、一人一人切り崩していったのです。

「落とせ! 落とせ! 人間なんてもろいもんやぞーーーっ

 人に心がある限りわしの作戦は有効なんじゃい

 情も武器じゃっ!! どいつもこいつもたらしこんでしまえーーーーっ」

 そう豪語する角栄。実はこれこそ、現実の田中角栄がやっていたことだと、田中のエピソード集を読むとよくわかります。

 すべて計算づく、しかしそれを一切覚らせない迫真の演技。それは最後には演技を超え、たとえウソでもここまでつきとおせば本物だと、死倉の部下全員の心を打つことになるのです。

 

 そしてついに非情の支配は情の武器によって破れ、死倉知也も玄海高校を去っていきます。戦いの第二幕は必ずこの手で開きに来ると言い残して。

 その時、角栄の眼にはもう女の姿など映らず、はるかかなた、日本を動かし天下を取る野望のみを捉えているのでした。

 こうして『角栄生きる』は完結します。巻を閉じ、もしこの物語が続いていれば、現在40歳を過ぎているはずの中田角栄が永田町でどんな大暴れをしているだろうかと、思わずにはいられません。

 

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