2015.11.22(日)
「道徳」というテーマの重要性に気づけ!
今朝の「ゴー宣道場」設営隊募集も、熱意ある有志によって、
瞬時に決まった。
「ゴー宣道場」にとって、「天皇」や「道徳」に関する議論は
何度やってもいいと、わしは考えている。
それが危ういところで存続している価値であり、将来に
残せるか否か分からない遺産であるからだ。
観念的であるがゆえに価値を普遍的に伝えるのが
難しいのだが、「ゴー宣道場」でしか議論できない
テーマではなかろうか?
我がスタッフのポカQが、白鵬が「猫騙し」の手を
使ったことをえらく嘆いている。
それを評価する声が意外に多いことに対して、
彼は失望している。
ポカQは無類の相撲ファンで、白鵬ですらこうで
あることを嘆く。
横綱の「猫騙し」を批判した北の湖の死を嘆く。
わしも同意だが、こんなことを言ってると、年寄りの
繰り言としか思われなくなるかもなと二人で
ため息をついている。
ここにも「道徳」の相対化が現れているのではなかろうか?
「道徳」をテーマにすると、あまりにも例題が膨大に
出すぎるのである。
そのこと自体が日本の危機であると、わしは感じている。