村山談話・河野談話に未来はあるか?第14回
村山談話・河野談話に未来はあるか?
第14回 「吉田証言」は払拭されない
日本の主婦ら二人の「市民団体」が訪韓して「原告探し」を
したことから始まった「従軍慰安婦訴訟」は、
日韓双方の市民団体、学者、マスコミ、弁護士などが絡んで進められ、
1991年(平成3)、東京地裁に最初の裁判が提訴された。
その間、日韓のマスコミや市民団体が何度も取り上げ、
裁判の代理人弁護士が著書で大々的に紹介した。
さらに国会質問で社会党議員が「慰安婦強制連行の事実がある」と
断言する際の根拠としたのが他ならぬ、というか、
他には一つも根拠が存在しない慰安婦強制連行の証拠、
「吉田証言」だった。
誰も彼もが一切検証もせずに、このウソ話を事実として宣伝したのだ。
そしてこれによって、「従軍慰安婦・強制連行」のイメージは
決定的に刷り込まれてしまったのである。
すでに「吉田証言」がウソだとバレてから20年以上が経過しているが、
そのイメージは未だに世間に浸透したままだ。
それは、慰安婦問題で日本が責任を負う必要はないと
主張する者(例えばNHK籾井会長)ですら、
「日本だけが強制連行したわけではない」と、
日本が強制連行をしたことは自明の事実のように放言したことでも
明らかである。
ちょっとでも歴史認識を真面目に学ぶ気があれば、
「慰安婦強制連行」の証拠とされるものがたった一人の男の証言しかなく、
それがとっくに虚構だと証明されていることくらいすぐわかる。
だが、自称愛国者たちは勉強する気など一切なく、
単なる嫌韓感情を基に偉そうな放言をしたいだけの怠惰な連中なのである。
そんな連中の発言によって、結果的に吉田清治のウソ証言の影響力は
今も強化されているのだ。
自国の名誉がかかっている場合ですらこんな有様なのだから、
外国人が「吉田証言」を聞き、「慰安婦強制連行」のイメージを
持ってしまったら、それを覆すことは至難の業である。
それを当初から自覚していたのが吉田清治本人であり、
吉田は1992年(平成4)の時点で、現代史家の秦郁彦に対して
「近く国連に持ちこんで大問題にさせますよ」とうそぶいていたのだった。