「私」から「公」までの連鎖を生む創作活動
わしは「SPA!」の執筆者の批判をしないというルールを守る。
今は雑誌がどんどん売れなくなっている時代だから、おそらく「SPA!」は雑誌文化の最後の砦だろう。
最後の雑誌文化を守るために、わしは「SPA!」内で、執筆者の批判はしない。
読者のみなさんや、公論戦士たちが、わしの代わりに大いにやってくれ。
同時に産経新聞の批判も、「SPA!」誌上では出来ない。
「SPA!」はフジサンケイグループの一員だから、窮地にある産経新聞の批判は出来ないらしい。
ただし、個人批判や産経新聞批判は、単行本になると解禁になるらしい。
だから単行本でやるかもしれない。
単行本の方が雑誌より威力があるように、わしは単行本が売れる作品を描けばいいだけだ。
扶桑社に儲けさせてやる!それが一番いいのだ。
「愛子天皇論」の感想を担当氏は何も言わない。
面白いとも、面白くないとも、何も言わない。
それは利口だろう。倉山満や「SPA!」内の男系派と、軋轢が生じる恐れがある。
いや、実は担当氏が口出ししないというだけでも、非常に助かっている。
単行本だけは全力で作ってくれればいいのだ。
口出ししない、それは最高の編集者だ。
そして編集者のおべっかなんか一切要らない。
これだけわしのファンが褒めたたえてくれれば、むず痒いくらいで、どうせ真の評価は単行本の売り上げで決まる。
単行本が売れれば勝ち!売れなければ負け!
そして「SPA!」編集部や、扶桑社社員に対して、利益しかない作品を産みだし続ける。
それが万事うまくいく方法論だ。
雑誌の売り上げは大して出ないはず。
儲けるなら毎週発売するはずだ。
設けなければ、毎週が隔週になり、やがて月刊になり、隔月になり、休刊になる。
雑誌の赤字をわしが補填する覚悟で、毎週発売を維持させなければならない。
「公」のために描くことが、「私」の利益に繋がる。
わしの言論の自由を守るためには、雑誌の利益という「公」のために描いてヒットを飛ばす。
それしかない!
自分の主張のためだけに描くという小さな器から、跳び出さねばならない。
それがよしりん企画という「私」から出発し、出版社という「公」から、日本という「公」にまで繋がっていく!