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2019.08.05(月)

「国民性」を否定してはならない

 

昨日の「ゴー宣道場」の議論は田原の混ぜっ返しに引っ掛かって、師範も全部、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。

わしは、新自由主義は間違っている、グローバリズムは間違っていると主張して来た。
だが、小泉から安倍に至る竹中平蔵の日本型雇用を崩壊させる政策で、日本は「砂粒の個」に分解されてしまった。
そこから末端では、ストーカーやら京アニ放火の基地外やらが生まれてもいる。

アメリカ人や中国人の拝金主義の「国民性」を日本人は持っていない。
だから新自由主義は日本人を不幸にするという話をわしはしている。

ところがそこで高森氏が「国民性に帰結させることには与したくない」とか言い出して、廃藩置県の話をし始めた。
廃藩置県は日本人の「国民性」を変えた快挙であって、日本人は新自由主義だって受け入れて、「国民性」を変えられるはずだと、高森氏は言い始めたのだ。
大きな疑問として、廃藩置県は日本人の「国民性」を変える革命だったのか?

「国民性」にはプラスもマイナスもある。
例えば日本人の「会社は家族」とする「集団主義」がジャパン・アズ・ナンバーワンの圧倒的な経済力を産み出し、アメリカを震撼させたのである。

それが恐くてアメリカは日本に「年次改革要望書」を毎年、突きつけ、小泉が「構造改革」を実行して、日本の最も強い「集団性=組織力=チームワーク」の力を崩壊させてしまった。
これで日本の経済は衰退してしまったのである。
消費税だけではない、日本経済が衰退する一方なのは。

それは徹底した拝金主義にもなれない日本人の「国民性」があるからであって、その「国民性」を拝金主義に変えてしまうことを高森氏は望んでいるのだろうか?

「集団主義」にもプラスとマイナスがある。
これがあるから、日本人は大震災があっても暴動とか起こさないし、世界が称賛する秩序正しい行動がとれるのである。

だが一方で戦前のように、一億総玉砕の全体主義が形成されもする。
集団の空気を読む「国民性」があるから、日本人には「個」が育たない。
だからわしは「個の連帯」を唱えて「ゴー宣道場」の集団の力を増幅させようとしているのである。
そのためには悪しき「仲間主義」を警戒して、「個人」の能力を最大限に引き出さねばならない。

アメリカや中国は「拝金主義という国民性」を持つ。
韓国人は「反日」がもはや「国民性」にまでなっている。
「国民性」を否定する者は、グローバリストであり、リベラリストである。
実は世界の国々の多様性を認めない「人類皆兄弟」のイデオロギーの人種である。

それは皇室を戴く日本の「国柄」、「国民性」に反する考え方であって、日本人は無意識の「国民性」をもっと自覚しなければならない。
「国民性」なしに天皇への敬愛は育たない。

廃藩置県は日本人の「国民性」を変えたと言えるのか?
わしは日本人の「忠誠心」を殿様から天皇に移動させただけだと思っている。
その「忠誠心」が会社にあった時代もあったが、今はそれも新自由主義によって消滅寸前というわけだ。

田原というニヒリズムの毒薬を一回注入しただけで、師範までもが混乱させられてはいけない。
思想の整理が必要である。