「激論クロスファイア」について
「激論クロスファイア」の中で、八木秀次が側室制度の代替として「医療技術」があると言った。
するとスタジオの空気がドン引きになった。
側室制度は男子を生むための制度であり、皇位継承者が早死にする時代に多くの子供を作っておく制度でもあっただろう。
だが、医療技術が進歩した現代では、子供の早死には少なくなったが、あいにく男子は一夫一婦制では思うように生まれないということが、皇室の現状を見れば、証明されている。
当たり前のことで、男女の産み分けは医療技術ではできないからだ。
医療技術で男女の産み分けを行うには、女子を間引きながら、何度でも人工授精するしかない。
不妊治療は女性に大変な苦痛を伴わせるもので、不妊治療で女性の精神が不安定になり、病気になってしまう例などいくらでもある。
不妊治療を男子が生まれるまで何度でも強いる皇室になんか、嫁ぎたいと思う民間女性はいないだろう。
男系固執主義者どもは、不妊治療の大変さを全く考慮しない鈍感野郎であり、野蛮人である。
そもそも男尊女卑の因習感覚を残したまま、技術に対する信仰を主張すること自体が、すっかり伝統精神を失った輩の証明である。
あのとき八木が言ったのは、側室制度なくば、男子が生まれないという田原氏の主張への解答であり、まちがいなく「男女の産み分け」=「女子の間引き」を主張したのだ。
だからこそ常識ある女子アナがドン聞きしたのであり、スタジオ中がドン引きしたのである。
男子に価値があるのであって、女子には価値がないとする現在の皇室制度はもう令和の時代にそぐわない。
国民の象徴に女性を立てる、愛子さまを皇太子にすることで、ようやく男尊女卑を克服し、女性の時代の扉を開くことができるのだ。
皇室は男性をこそ排除しているなどという詭弁はもう聞きたくもない。
国民の象徴に女性がなれないということが、最も唾棄すべき現代の野蛮なのである!
八木は「皇太子がいなくなる」というわしの主張に答えなかった。
皇嗣殿下では祭祀の継承ができなくなること、そして秋篠宮さまは皇太子を拒否されたこと、そのことの重大さに、男系固執派は気づこうとしない。
テレビでの議論が難しいのは、短時間にどこまで話すかを瞬時に計算せねばならないことだ。
結局こうして文章で書かなければならなくなる。
そもそも不妊治療の困難さすら知らない野蛮人に、そこから説明する時間などテレビではないのだ。
しかしあの番組に出て良かったのは、本間智恵アナが女性の常識としての感覚を見せてくれたことだ。
女性はやっぱりドン引きする。
それこそが「保守」の感覚なのだ。
皇統維持に「医療技術」とぬけぬけと言った時点で、もはや保守ではないことの証明である。