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2019.02.05(火)

リベラルの「寛容」は危険である

 

羽鳥慎一のモーニングショーのコメンテーター・玉川徹と青木理はリベラルである。
リベラルはナショナリズムへの警戒感が強くて、「寛容」をモットーとする。

彼らは中国人のモラルが低いということを伝える報道が嫌いなようで、そのような編集をするこの番組のディレクターまで批判する。
中国人のモラルの低さを伝えることを「排外主義」と思っているのだ。

事実を事実のままに伝えることまで、否定する者はジャーナリストとして失格である。
ディレクターはリベラルの独善に負けないで欲しい。

わしは常々、疑問に思っていたのだが、中国人のモラルの低さは、本当に発展途上だからだろうか?
日本人が中国の発展を恐れているから、モラルの低さを見て、安心しているという構図なのだろうか?
その面は確かにある。
右派・国粋主義者は脆弱な自己に下駄をはかせるために、排外主義に浸っている。

確かに日本人も高度経済成長の頃は欧州でブランド品を買い漁っていて、その様子を欧州人に馬鹿にされていた。
わしもその光景を目の当たりにして恥ずかしかった。
日本人はあの頃に比べると確かにモラルが向上した。

だが、日本人は発展途上だった頃でも、まさか公共空間で子供に大小便をさせたり、新千歳空港で暴動を起こしたりその他膨大なマナー違反をしていただろうか?

わしは昔の日本人の民度の低さと、今の中国人の民度の低さは違うんじゃないかと思っている。
やはり中国人の歴史に根差した「上に政策あれば下に対策あり」という徹底的なエゴイズムが関係していると推測する。
この件は『ゴーマニズム宣言』で具体的に描いてみよう。

リベラル知識人の「寛容」さが、わしには偽善的に思えてならない。
過剰な「寛容」は危険であるとさえ思う。
事実は事実のままに伝えるべきである。