辻元清美氏『デマとデモクラシー』
辻元清美氏の『デマとデモクラシー』という本を読んでいる。
この中のわしとの対談が刺激的で、評判になっているらしい。
護憲派VS改憲派の真っ向勝負であり、9条派VS自主防衛派
の対決がここまでスリリングになされたのは珍しい。
本の主旨としては、辻元氏に対する「デマ」の真相を
明らかにすることが一つの重要なテーマになっている。
わしはあまりネットを見ないから知らなかったが、実際、
辻元氏に対する「デマ」の数々には驚く。
特に右派方面からだろうが、辻元氏に対しては、「デマ」を
流して当然だと考えている節があって、その「デマ」を
信じてしまう者も後を絶たないようだ。
わしは辻元氏に、放っておいたらよくない、「デマ」は明確に
否定するべきだと忠告したのだが、この本でそれを実行して
いるので、どこかで辻元氏のよからぬ噂を耳にしたことが
ある人は、読んでみてほしい。
辻元氏に対する「デマ」記事を書いた産経新聞の
阿比留記者は、辻元氏に名誉棄損で訴えられて、
完全に敗北している。
ただし、この本の中で、民主主義を理想化し、シールズに
傾倒している辻元氏は、相変わらず幼稚だと思う。
わしが描いた『民主主義という病い』を、この幼児性で
読めるかどうか分からないが、一応、送っておいた。
辻元氏は知らないだろうが、この『デマとデモクラシー』
というタイトルは非常に暗示的で、デマはデモクラシーから
出現するのである。
「デマ」はデマゴギーの略語であり、
デモス(民衆)をアゴコス(指導)することである。
つまり民衆を扇動することだ。
『民主主義という病い』でも描いたが、古代ギリシャの
アテナイでは、民衆を扇動する政治家が次々あらわれて、
民主主義が衆愚政治に堕してしまった。
現代でも民衆を間違った理念や情報で「扇動」する
政治家が次々に現れ、あるいは国民が主権を持っている
ことになっているので、一般国民が政治家や民衆を
「デマ」で扇動しようとする。
辻元清美が苦しめられている「デマ」は、実は民主主義が
内包する問題なのである。